6 「ミキ……!?」 勢いよく開け放たれた扉。矢田越しに見えたのは、佳威のピリピリした顔と昼間会った可愛いミキちゃんが目をうるうるさせて佳威の腕に縋り付いてる姿だった。 ポカーン…そんな擬音がぴったりだ。 多分、矢田も俺と同じ顔してると思う。 佳威は縋り付くミキちゃんをグイッと引っ張って矢田の胸に押し付けた。キャッという可愛らしい声が聞こえて、矢田の腕がミキちゃんを抱き締める。 「ミキ…!」 「矢田ァ…!てめえの女だろ、しっかり見とけよ!散々まとわりつかれていい迷惑だったんだぞ」 「そんな…ひどい!佳威くん…。佳威くんが俺にしとけって言ったんじゃない…」 「だから、んなこと言ってねえっつの!俺みたいな誠実なやつ探せって言っただけで、俺にしとけとは一言も言ってねえだろ」 「確かに…」 思わず呟く。そう大きな声で呟いたつもりは無かったが、佳威に聞こえたらしく矢田の肩越しに目があった。 「睦人…!?何やってんだ!?」 佳威が慌てて矢田を押し除け部屋に上がってきた。 「あ〜…ちょっと人生相談を受けてまして…」 全部説明するのが面倒臭くて、間違いではないがオブラートに包んで伝えると、佳威の眉間に皺が寄る。 「…なんだよ、人生相談って。矢田には近付くなって言ったよな…?」 「いや!不可抗力だから!俺、あいつに無理矢理連れ込まれた感じだから!」 オブラートに包んだはいいものの佳威の方が怖くて、すぐペラってしまった。 だってなんかめっちゃ怒ってるし!怖いし!ビビリには無理! 「無理矢理…?なんかされたのか?」 「………いや、特には」 「……ふーん。じゃあちょっと一発やってくるわ」 「待ってえええええええ!?」 クルッと踵を返して多分一発殴りに行こうとした佳威の腰をガシッと捕まえる。 「俺ほんと大丈夫だから!暴力はやめよ!?」 「………」 「佳威!もう行こう!帰ろ!」 「お前ちょっと俺の部屋に来い」 「ひゃい…」 佳威はそのまま長い足でズンズンと外に歩いて行った。俺も慌ててカバンを持って後を追う。 そんな俺たちの様子を見ていた矢田が、ミキちゃんを抱き締めたままニヤニヤと笑っていた。 そのままの流れでミキちゃんを見ると何故かものすごい顔でこちらを睨んでいる。 「!?」 可愛い子に睨まれるなんていう初めての体験に思わず足が止まりそうになった。 なんで?なんでミキちゃんに睨まれてんの?俺、何もしてないよね!? そんなミキちゃん達の横を通り過ぎる際に、矢田がぽつりと呟いた。 先を歩く佳威に聞こえないように。 俺にだけ聞こえるような声のトーンで。 「やっぱりそうだ。…君は面白いね、睦人」 その声に振り向いてはいけない気がして、俺はただ前を行く佳威に着いて行くことだけに意識を向けた。 俺はただひたすら目の前に置かれたペットボトルが外気の温度に触れて汗をかく姿を見つめていた。 「………」 佳威はソファーに腰掛けているが、俺はなんだか居心地が悪く地べたに座っている。なので視線のいい位置に水のペットボトルが置いてあるのだが、これは佳威が冷蔵庫からポイッと投げて渡してくれたやつだ。 ジッとペットボトルを見つめる俺をチラリと見やって佳威がため息をついた。 「いつまでそこに座っとく気だよ」 「…佳威の機嫌が良くなるまで」 ちなみに正座である。 「別に機嫌悪くねえよ」 「眉間に皺寄ってるけど」 「あ?」 「ナンデモナイデース」 「………別に、俺はお前の保護者でもなんでねえから、口出す権利はないと思うけどよ」 佳威が膝に両肘を置いて前に倒れ込む。 「あいつぶっ飛んでるからホント何しでかすか分かんねえぞ。誰とつるもうが自分の勝手だって言われたらそれまでだけど、一応用心くらいはしろよ」 な?と、こちらを伺う佳威に、申し訳なさがこみ上げてきた。 半強制だったとはいえ、気を付けろと言われたのにのこのこ部屋まで言って結局後半わりと危ない状況になってしまった。 あの場に佳威が来ていなかったら…と考えるとゾッとする。 「心配かけてごめん…。本当は矢田がなんか勘違いしてて…その、押し倒されたんだ。何がしたかったのか結局分かんなかったけど、佳威が来てくれなかったらヤバかったかもしんない…」 「は?」 俺の言葉に佳威の表情が固まった。 「お前……矢田に…押し倒された、のか?」 「あいつ筋肉やばいよな。ビクともしなかった…って、佳威!?」 ガタッと勢いよく立ち上がった佳威は無表情のまま外に向かって歩き出すので俺はまたもや慌てて佳威の腕を掴んだ。 立ち上がる際に机に膝をぶつけて、机の上にあったペットボトルが音を立てて倒れた。 「まさか矢田んとこ行くんじゃないよな!?」 「…あいつには一回分からせてやる必要がある」 俺の馬鹿!!なんでもかんでも馬鹿正直に言えばいいってもんじゃないんだよ!!! 「だだだ駄目だって!!あんなガチムチ殴ったって手が痛いだけだよ!?それに、ほんとそれだけだから!それ以外ほんとーーーに、なんもされてない!」 「…ほんとか?」 佳威がやっとこっちを向いてくれた。その目を見て俺を強く頷く。 「うん!その前に佳威が来てくれたんだよ!ほんと助かった、ありがとな」 「………はぁーー……んだよ、クソ」 佳威は力が抜けたのかゆっくりと床にしゃがみ込んだ。そのまま片手で額を押さえる。 「佳威?…と、わっ」 下から腕を引っ張られて俺も床に膝をつけた。額を抑える手の隙間から佳威がこちらを見つめていた。 「…もう、嘘つくな。そっちのが余計に心配になんだろ…」 「………うん、ごめん」 ゆっくり背中に腕を回されて俺の体は佳威の胸の中に落ちた。 「何もなくてよかった…」 そう耳元で疲れた声が聞こえたが、俺は正直それどころではなかった。 こ、これ、俺…抱き締められ…てる? αである佳威に抱き締められたことによって、俺の中のΩが反応した気がした。 ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。 矢田に接近された時にも感じたαの匂い。でも矢田以上にそれは強く濃く俺の心を掻き乱す。 もはや、近すぎて佳威の香水の香りなのかαのものなのかどちらかさえ分からない。 だけど、とても心地よくいい香りだった。 俺があまりにも大人しいので、佳威がハッと何かに気付いたように腕を離した。 「っと、わりぃわりぃ。またケーイチに、 ベタベタ触るなって文句言われるな。あいつほんとうるせーよな」 「あ、あはは…」 咄嗟に言葉が出ず笑って誤魔化してしまった。佳威はそのまま立ち上がって、俺もそれに合わせて立ち上がった。 離れてしまうと先ほどのドキドキが嘘みたいに消えていく。 何だったんだ…今のは。 「んじゃ、下まで行くわ。また矢田に出くわしても面倒くせえしな」 「あー…そうだな、今日はそうして貰おうかな。ありがと」 なんだか凄く過保護にされてる気がするが、さっきがさっきなので、ここは素直に甘えておくことにした。 全くビクともしなかった矢田の体つきを思い出して俺は強く心に誓う。 ーーーマジで筋トレしよう。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |