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5


「むむ…きみは確か、どこかで見たような気がするんだが…」



こいつ俺のこと覚えてない…!
今日会ったばかりだというのに、そんなに印象に残らない顔だったのかと落ち込みそうになったが、それよりも俺は好都合とそそくさと矢田の横を通り過ぎようとした。

「ハッ!思い出したぞ!今日佳威と連れ立って歩いていた奴だろう…って、おい。どこに行くんだ」

「わ!はっ、離せ!」

目論みも虚しくガシッと腕を掴まれてしまった。近くで見れば見る程ガッチリした肉体が良くわかる。佳威よりも高いであろう身長は威圧感さえ感じさせた。

「きみもこの生徒寮に住んでいるのか?」

「あ…あぁ、まあ、一応そんな感じだ、けど」

「そうか。…まあこれも何かの縁だ!俺もミキと別れて暇をしていたんだ。お茶でも飲んで行かないか」

「え!?別れたのか!?」

突然過ぎて思わず食い付いてしまった。
すると矢田が良くぞ聞いてくれました、と言わんばかりに目をくりくりさせてきた。

あ、なんかやばい気がする。

「話せば長くなる!立ち話もなんだ!さあ、行こう!」

「いや!ちょっと俺は!行かないって、ちょっとおおお〜〜〜…」

さすがに力の差があり過ぎて引き剥がせず、俺はもはや引き摺られるかのようにもう一度エレベーターに戻る羽目になってしまった。



「さあ!特製のコーヒーだ!味わって飲むといい!」

そう言ってなんだか高級そうなカップに注がれたコーヒーを渡された。
いい豆を使っているのか、香ばしい香りが部屋中に広がっていた。

「どうも…」

矢田の部屋はモノで溢れかえっていた。汚いわけではないが、生活感に溢れるというか、女の子のものであろう私物や雑誌が乱雑に置かれている。

彼女と同棲してました感満載の部屋だ。年齢イコール彼女なし期間が同じな俺には少々刺激が強い。

あの、あれはもしやブ、ブラジャ…



今俺が座っているソファーにも女性ものの服が掛けられていたが、先に矢田がごっそり掴み上げて違う部屋にポイッと投げ込んだので、問題なく座れている。

矢田はもう片方に自分のコーヒーを持って俺の横に腰かけた。

「………近くない?」

ケーイチとは違い無遠慮に近い範囲に腰を降ろされて少し嫌な気持ちになる。
それだけでなくやはり相手はαなので、αの匂いに少しクラリとしてしまう。いい匂いに感じるわけではないが、どうしても反応してしまうのだ。

「近くないと話ができないだろう。女の子じゃあるまいし恥ずかしがることはない」

「いや別に恥ずかしがってるわけじゃないんだけど…」

ただ嫌なだけです、とまでは言えずズズズ…とコーヒーを啜る。
そんな俺の横顔を矢田はソファーに腕を回してまじまじと見つめてきた。

くそ〜ソファーに腕を回すな!こっちを見るな!



「…えーと…で?あの子と別れたのか?」

気まずくて自ら話振ってしまった。すると矢田は思い出したようにコーヒーを力強くドンっと机に置く。
俺もそれに合わせて一応コーヒーを机の上に置いた。

「そうだ!別れた!このαの俺を振るなんて信じられん奴だ。そう思うだろう?」

「はあ…」

そんな自信満々なくせして振られたのかよ。ミキちゃん、君とは一回しか会ったことないけど気が合いそうだ。

「…しかしあんなに性格も良くて可愛い女は久しぶりに会ったんだ。ミキはΩで最近の中じゃ一番の番候補だったんだが…」

しかもどうやら矢田はミキちゃんのことを引きずってるらしい。見た目に削ぐわない女々しさだ。

でもまあ確かにこんなちょっとあれな奴でも遺伝子はαだ。ミキちゃんはΩだと言っていたし、αの彼氏なんて一度捕まえたら離したくないくらいだと思うんだが…。

そんな風に考え出したら気になってしまってつい聞いてしまった。


「ちなみに、なんで別れたんだ?」

「………ところで君、名前はなんて言うんだ?」

質問に質問で返された。

というか今さら!?
部屋まで連れこんどいて今名前聞くの!?
俺は心の中で叫びながら矢田の適当さにうんざりしてしまった。

逆に名前も知らないようなやつをよく部屋に上げようと思ったな。

「朝香だけど…」

「朝香なにくん?」

「…………睦人」

「そうか、睦人。君に聞きたいことがある」

案の定下の名前で呼ばれて、嫌な気持ちになっていると(2回目)、矢田にガシッと筋肉のしっかりついた腕で肩を抱かれた。

「うわっ…」

佳威にもよく腕を回されるが、佳威の時はさほど嫌ではない。普通に友達に対してのスキンシップだと感じ取れるが、矢田のこれは少し違う気がした。
もちろん佳威の匂いとも全然違う。

「睦人、きみは佳威の何なんだ?」

「何って…友達だけど」

「本当に?」

「嘘ついてどうすんだよ。てか離れろよ!」

何だか嫌な気配を感じて矢田の肩を押す。その瞬間視界が回って矢田の顔が正面に来ていた。

一瞬何が起きたのか分からず、押し倒された、と気付いたのは数秒後だった。

矢田の肩越しに天井が見える。

「は?え…いや…なに、」

「…君は佳威にどうやって取り入ったんだ?男な上にβで顔も平凡だ…となるとやはり、金か?」

「いっ意味わかんねえよ…!取り入るとか…普通に友達だから!いいからどけって!!」

ジタバタするがあまりの体格差に矢田の体はビクともしなかった。

「…ミキもあれに惚れたらしい。何故だ?同じαなのに、どうしてあっちをを選ぶ?女の喜ばせ方なら俺の方がうまい」

突然、佳威のことをあれと呼ぶ矢田。今までの雰囲気がガラリと変わって冷たい表情で俺を見下ろす。まるで見下しているかのような目に俺はぶるりと体が震えた。

「…それとも…実は君の体が実はすごくいいとか…?」

低い声で呟かれて、矢田の顔がスッと首元に届く。
あまりの近さと気持ち悪さに、俺は思わず息を止めた。
矢田の温かい息が首にかかる。そして耳元で矢田の少し困惑したような声が響いた。


「………ん?………君、ほんとにβか?」


その言葉に体がゾクリと毛羽立った。



ドンドンドンドン!!


ピンポーンピンポンピンポン


けたたましい音がして扉の向こうから怒鳴り声とチャイムを連打する音が聞こえてきた。
矢田が俺にかけていた拘束が緩まる。

「おい!いるんだろ!?矢田ァ!!さっさと開けろゴルァ!!」

かなり苛立った様子のその声に俺はホッと安堵の息を漏らしてしまった。
そんな俺をちらりと矢田が見る。

「佳威…」

何故怒っているのかは分からなかったが、扉の向こうで怒鳴り散らしてるのは佳威の声だった。


「…………君のピンチを察したのかな」

「…はあ?」


「あーー!もうベタベタ触んな!!」

扉の向こうで佳威が誰かに何かを言っている。何か言い争う声がしているが、相手は女が子みたいだ。

「おい!矢田!ミキちゃんとやらがお前と仲直りしたいっつってんぞ!!」

「!!!」

今まで余裕ぶっこいていた矢田がミキちゃんという単語に転げ落ちるようにソファーから離れた。

俺も慌ててソファーから離れて矢田から距離を置こうとしたが、その必要も無く矢田はすでに扉の前でガチャガチャ鍵を開けているところだった。




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