4 「……うん、俺もちょっとそれは思ってた…」 特に香水をつけてるわけではないし、変わった柔軟剤を使ってるわけでもない。 それなのに良い匂いだと言う佳威。 Ωのフェロモンがαには凄く良い香りに感じるらしい事実があるだけにもしかしたらそうなんじゃないか、と薄々感じていた。 「きっと、睦人はこれからαである佳威との距離に悩むんじゃないかと思ってさ…それならいっそ俺が睦人がΩだということを知っていることを伝えたほうが上手く立ち回れるかなって」 ケーイチが困ったような笑顔でこちらを見た。 「ごめんね?」 「そんな…」 そんな風に笑わないでくれ、と思う。 きっとケーイチは優しいからすごく色々と考えてくれたに違いない。 考えて考えて考え抜いた結果、俺に全てを打ち明けるのが最良だと判断してくれたんだ。 それに対して俺が何か非難の言葉をかける理由は、ない。 「ありがとう…ケーイチ。俺こそ、嘘ついてごめんな」 「ううん、それは仕方ないことだと思うよ。俺がこの学校のΩ達に慣れ過ぎてたんだよね。普通に考えたら自分がΩだなんて言いふらすのは危険な行為でもあるのに」 「この学校に来といて黙っておきたいなんて思う俺の方がおかしいんだよ。ここのΩ達の方が聡明だよ」 「……睦人もやっぱり、番を探しにこの学校に来たの?」 ケーイチがひとつひとつ言葉を選びながら慎重に発言する。 そんな姿にも優しさを感じて心が少し暖かくなる感じがした。 「まだヒートがきたことないから、自分がΩだって自覚は薄いんだけど、うん…まあ一応ね…耳がタコになるまで聞かされたからさ。Ωはαと番になることで幸せになれる。フェロモンは番のαにしか効かなくなるから性犯罪にも巻き込まれなくなるし、社会進出もできるって」 「そっか…」 「でも今は抑制剤もあるし、俺はそこまで必死になって番を見つけようとは思ってないんだけどね」 ケーイチに向かって笑いかけると、少しびっくりしたような顔をして、それからゆっくりと笑い返してくれた。 「…それにしてもヒートがまだ来てないって珍しいね」 「そうなんだよなー、まあ俺としてはこのまま一生来てくれなくても問題ないんだけど」 「それじゃあホルモンバランス崩れちゃうよ。でも余計心配だね。いつ来るか分からないってことでしょ?」 「そうなる、な。でも、ま、なんとかなるだろ!来てもいざとなればここに逃げ込めばいいし!」 「俺の部屋でもいいよ。匿ってあげる」 そう言ってケーイチはイタズラっぽく微笑んだ。 「βだからってのもあるけど未だにΩのフェロモンに当てられたことないからたぶん大丈夫だよ」 「マジか!…って言っても俺もヒート始まったことないからどこまで影響力あるのか分かんないんだけど」 「αはすごいクラクラきちゃうらしいね。まあ、間違っても佳威の部屋には行かないようにね」 「間違うも何もまだ佳威の部屋知らないしな。…てかケーイチの部屋って何号室なんだ?」 「俺は503だよ。また遊びにおいで」 503か。確かに近そうな部屋番号だ。 「りょうかい!今度お邪魔する。…んじゃ俺そろそろ実家の方に帰ろうかな」 チラリと時計を見ると、先生と話をしていたのもあって結構時間が過ぎていた。 「あ、もうこんな時間か。じゃあ出よっか?色々ありがとうね睦人」 「いや!こちらこそありがとな!なんかちょっとスッキリした」 「そう?それなら良かった」 いつもの優しい笑顔を浮かべてケーイチが微笑んだ。 この笑顔…ほんと反則だよなー… そんなことを思いながら、俺たちは一緒に部屋を出て、お互い手を振って別れた。 俺は1人降りていくエレベーターの中でふぅ…と息を吐く。 最初はどうなることかと思ったがバレていたのがケーイチで良かった。 バレてしまえば、自分の周りに自分の事を知ってくれてる人が1人でも居るのは心強く感じる。 自分で決めたこととはいえやはり誰かに嘘をつくのは疲れる。罪悪感に苛まれる。それがケーイチには嘘を付かなくていいと思うと… 俺はもう一度深く息を吐いた。 「こんなことなら最初からケーイチにだけ言っとけば良かったな…」 そう呟いた後にちょうどエレベーターが一階に到着した事を知らせる機械音が響く。 ガーと両側に扉が収納されていくのを何気なく見て、足を踏み出そうと動くと扉の先に誰かに誰かが立っているのに気付いた。 「あっ………」 「ん?あれ、君は」 そこには今日出会ったばかりの、ーーーあまり印象の良くないα・矢田が立っていた。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |