3 転校初日のすべての授業が終わって、俺は先生の言うとおりケーイチ達に校舎の中を中を案内して貰っていた。 「で、ここが図書室。あとは、向こうに見える大きい建物が学校の寮だよ」 「ちなみに俺もケーイチも寮から通ってるぜ」 佳威も暇だから、と一緒に付いてきてくれていた。二人にだいたいの場所を教えてもらい最後の図書室に着いたところだった。 「しかも佳威はαだから、無償なんだよ。羨ましいよねえ。睦人はどうやって通ってるの?」 「マジで!?この学校ってほんとαに至れり尽くせりだよな…。あ、俺は実家からだよ。普通に通える距離だし。でもいーな、寮。楽しそうだよな」 「まあ、楽だな。飯も出てくるし洗濯とか掃除とかもおばちゃんがやってくれるし」 「え、なにそれ。寮ってそんな感じなの?」 「いや、多分俺たちの学校の寮が特殊なだけだとは思うけど…普通はあってもご飯だけじゃないかな」 「だ、だよな。へえ」 ケーイチが苦笑いしながら、佳威の言葉に付け足す。 少し遠くに見える建物はとても大きくまだまだ綺麗な建物に見えた。寮というより、マンションといったほうがしっくりくる立派さだ。それに掃除も洗濯もしてくれるおばちゃんがいるとなると、それはもはやホテルというのでは…。 αのOBが多いだけあってきっと寄付とかすごいんだろうな。 俺は寮を見ながらついふと思ったことを口にしてしまった。 「…渥も、寮なのかな…」 その呟きに二人の空気が少し変わるのを感じた。 「睦人」 ケーイチが控えめに、でもしっかりとした声音で俺を呼んだ。 「睦人は…黒澤くんとどういう関係なの?」 「……黒澤って渥のことだよな?渥は幼馴染だよ。10歳まで一緒に過ごしてた」 昔は黒澤渥という名前でなく、荒木渥という名前だった。苗字が変わってるということは、親父さんたちは別れてしまったのかもしれない。 どちらについたのかは分からないが、二人とも綺麗な人たちだった。 特に母親の静香さんはサラサラの黒髪が印象的で女優みたいな芯のある美しい女性だった。遊びに来る俺にもめちゃくちゃ優しく、俺の母親とも気があったのかよく一緒にお喋りをしているのを見かけた。 親父さんは結構大きな会社の社長だったと思う。仕事が忙しいのかあまり会ったこともなく家に遊びに行ってもほとんどいなかった気がする。 だからか俺の中での記憶に渥の親父さんとの思い出はあまりない。 「渥がバース検査でαだって分かって、そっから離れ離れになっちゃったけど。…あいつなんで俺のこと知らないみたいな言い方したんだろ…」 あれは間違いなく渥だった。かなり男らしく成長していたが、かつての面影は感じられた。だけどあんな冷たい目… 思い出しただけで、胸がチクリと痛む。 「つーかそもそも本当に黒澤がお前の知ってる奴なのか?ちょっと似てただけじゃねえのか」 「そうそう、10歳の頃っていったらもう7年くらいは経ってるよね?その間一度も会ってないんでしょ?もしかしたら人違いってこともあるんじゃないかな」 今まで散々言い合ってた2人がここにきて、意見を合わせてくる。なんなんだ。そんな風に言ってこられるとなんだか、 「…人違いにしたいみたいに聞こえるんだけど…」 「したいんだよ」 ケーイチは即答だった。まさかそんなにハッキリ言われるとは思わず、一瞬たじろぐ。 「正直、黒澤くんが本当に睦人の幼馴染だとかどうでもいいんだ。人違いでも、違わなくても、なんだったとしても彼には近付かないでほしい」 「なんで…?」 その言葉しか出てこない。脳内も疑問符でいっぱいだった。 気持ちが顔に出てたのかケーイチが優しい笑顔を向けてくれる。 だがその口から出た言葉はちっとも優しくなんてなかった。 「睦人は転校してきたばっかで知らないかも知れないけど、黒澤くんってαの中でも強烈な支配力のあるαで将来の相手になりたいと思ってる子達がたくさん居るんだよ。だからその分みんな牽制しあって近付く子達を目の敵にしてる」 「渥になんか近付いたら刈られんぞ。近付いた奴らはだいたい数週間で姿が見えなくなったしな」 話しながら佳威が壁に背中を預けて、腕を組む。 「噂では、牽制し合ってる子達の差し金で強姦されたとか、暴行されて病院行きになったとか…結構やばい噂がいっぱい回ってくるよ」 「でも、それは女の子の場合だろ…?俺は男だしその子たちの標的にはならないと思うんだけど…」 納得のできない俺はたまらず食いさがる。そんな俺にケーイチは困ったような表情を向けた。 そんな顔をさせてしまったことに少し胸がチクリと痛んだ。 「男とか、女とか関係ないよ。Ωなら男でも子供産めるしね。だから、不安要素は根こそぎ刈り取りたいんだと思う」 「だから、あんま深い関係だって知られんな。あいつとはただのクラスメイトで居ろ」 「っ…、……」 佳威の威圧的な言い方に、思わず言い返しそうになるが、2人の表情を見て言葉を飲み込んだ。 分かってる。 2人が俺の事を心配して忠告をしてくれてるんだってことは。 未だに信じられないが、俺が転校してくる前にはそういう事実があったんだろう。 それで2人は俺が渥に接触して、危険な目に遭わないように諭してくれてる。 2人とも本当に優しくていい奴なんだ。そんな奴らの心配を無下にしてはダメな気がした。 「…分かった…渥とはなるべく接触しないようにしてみる。…まあ、向こうも俺の事覚えてないみたいだし、俺さえ変なこと言わなきゃ大丈夫だよ」 そう答えるとケーイチがホッとしたような顔をしたあと、すぐに今日一の笑顔でニッコリ微笑んだ。 「よかった!分かってくれて」 「あいつが居なくても俺らがいるんだし、気にすんなよ」 佳威が壁から背中を離し、サッと俺の肩を抱き込んで男前な笑顔で笑う。ふわっといい香りが舞った。 これでいい。きっとこれでいいんだ。 少し寂しい気もするが今はこの選択が一番な気がした。 もどる | すすむ | 目次へもどる | |