9 まさに異様という言葉がぴったりの光景だ。 「あいつらはああやって、Ωを捕まえてる…ていうと言葉は悪いけど、まあそんな感じでΩを見つけてはグループに入れて囲ってしまうんだ」 捕まえる?囲う? 俺の怪訝そうな顔を見てケーイチは言葉を続ける。 「知ってると思うけどαとΩの子供なら高確率でαが産まれるからね。エリートの血を繋ぐためΩの結婚相手を見つけにこの学校にくるαも多いって言うし…。それにああやってΩを見せびらかすように囲って歩くことで他のαやβから狙われないようにしてるみたい。所有物のアピールみたいだよね」 「な、なんだよ、それ…。なんか変だろ、そんなの。Ωの奴らもなんでわざわざそんなのに従ってるんだよ」 「Ωにとっても、αとの将来を決められることは良いことだからじゃないかな。Ω性の人達はなかなか社会的に認められない厳しい世界だけど、αとの子を成せばそれだけで認められるし…」 「……それはそうだけど」 そうなんだけど…そこに彼らの気持ちはあるんだろうか…。そんな乙女のような事を考えてしまった。 「チッ」 ずっと鼻を抑えていた佳威が眉間にしわを寄せて舌打ちをする。 そうやって怖い顔してると、顔が良いだけにめちゃくちゃ怖い。ヤのつく職業の息子なのをふと思い出した。 「嫁を見つけるのも囲うのも勝手にすりゃいいけどよ、ああやっていちいちアピールしてくんのが鬱陶しいんだよ。静かにヤッてろっつーの」 「ヤ……」 思春期真っ盛りの俺は友人の言葉に絶句する。 「それはそうとどうなの?佳威。今回も気になる匂いはないの?」 ケーイチが特に気にした様子もなく佳威の方を向いた。 「気になる匂い…?」 「なんかねー、佳威はΩのフェロモン全部がいい匂いになるわけじゃないらしくて。タイプがあるみたいに好きなフェロモンがあるみたい」 「そんなαいるんだ…」 初耳だ。 おれの知ってる知識の限りでは、αはΩのフェロモンを嗅ぐと見境なしに惹きつけられてしまうようだったが。 「いねえな。纏わりつくみたいな濃い匂いしかしねえ。てかもういいだろ。さっさと行こうぜ」 ガタッと席を立つ佳威。心なしか気分が悪そうだ。 そりゃそうだよな、自分の好きじゃない香りが今部屋いっぱいに香ってるわけだから、気持ち悪くもなるよなあ…。 「佳威、食器、片しておくから先に戻ってろよ。顔色悪いぞ」 「うん、そうだね。じゃあ、俺が3人分持ってくから睦人は佳威に付き添ってあげて貰える?」 「え、いや、寧ろ俺が持ってくからケーイチ付いてってやれよ」 俺がついてくよりよっぽと心強いと思うんだが…。 そう思うよりも先にケーイチがさっさと3人分を纏めて手に持つ。 「じゃ、睦人よろしく。すぐに追いつくから」 「え、あ、おい!」 言うが早いかケーイチはさっさと歩いて行ってしまった。 なんだか強制的に2人にされてしまったが、こうなったら俺がしっかりしなければ。 「よし、佳威、とりあえず外出よう!」 「ああ…てか別にそこまで心配してくれなくても問題ねえよ」 「そうは言うけど顔色悪いって。行こう」 佳威の引き締まった腕を掴んで、未だにざわざわしている生徒の波を掻き分ける。 進みながら周りの生徒たちがこちらに視線を向けてくるのに気付いた。 こちら、というか、多分気になってるのは佳威の事だろう。 αである佳威は良くも悪くも目立ってるに違いない。可愛い女の子達のグループの横を通り過ぎるとキャッキャッと嬉しそうな可愛らしい声が聞こえた。 いいなー、男前だとあんな可愛い子達にキャーキャー言われるんだ。俺も男前に産まれたかったな… そんな儚い想いに身を馳せてる俺の後ろで、当の本人は相変わらず気持ち悪そうに腕を掴まれたまま歩いてきている。早く外に出てやらないと。 佳威のおかげで俺たちの行く先では自然に道が開き、割とすんなり外に出ることができた。食堂内に話題が集中している為か、外にはほとんど人が居ない。 外に出た瞬間佳威が肺いっぱいに空気を入れるように深呼吸をした。 「あー!空気がうめえ!」 「はは、良かった。ケーイチ来るまで座っとこうぜ」 少し元気になった佳威に一安心して俺は近くにあったベンチを指差した。佳威がドカッと腰を降ろしたのを確認して俺は近くにあった自動販売機で水を買う。 「んにしても、発情期前の奴ら連れてくんなよな、趣味悪ぃ……お、悪いな」 買った水をポイッと佳威に渡して、俺も横に腰掛けた。佳威は冷たい水をゴクゴクと美味しそうに飲む。 「そういえばあのΩ達は抑制剤飲んでないのか?」 抑制剤とは、Ωの三ヶ月に一度やってくる発情期を抑える薬のことだ。相手のいないΩの発情期は無条件に周りを惑わせてしまうので、フリーのΩは発情期が近くなると抑制剤を飲んでフェロモンの分泌を止める。それが一般的だ。 「あいつらは相手が居るのも同然だからな。将来あのグループの中から相手を見つけんだろ。そもそもこの学校に居るって事はαの相手見つけに来てる奴らが多いし、それなら自分のフェロモンでたくさん引き寄せといたほうが運命の番に会えるかも知れねえだろ」 水分補給をしたことで、スッキリしたのか佳威が饒舌に話す。ベンチの背に両腕を乗せて空を見上げていた。だいぶ気分も良くなったみたいだ。 「番…か」 ぽつりと呟いた言葉に佳威がこちらを向いた。 「どうした?」 「あ、いや、…佳威は運命の番の存在信じてるのか?」 もどる | すすむ | 目次へもどる | |