君に花を贈りましょう
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チリン。


ドアについているベルが鳴り、来客を知らせる。

その音に、徐々に早くなっていく鼓動を自覚しながら、それでも顔には出さずに何気なく入口の方に視線を移した。


(――来た。)


多くの学生やサラリーマン達が帰宅する夕方。水曜日。
毎週欠かす事なく必ず花を買いに来る客がいる。

黒い髪。黒い瞳。白い肌に、スラッとしていて程よく筋肉がついている体躯。



(ああ、今日も相変わらず綺麗…)








一年前から始めた花屋のバイト。

大学生の一人暮らしとはいえ、別段金銭的に困っているわけではない。しかし、大学が終わってから床に就くまでの時間を持て余していた私は、結果バイトという考えに至る。

元々花が好きなで、趣味の段階で花の名前、種類、育て方、そのうえ花言葉までマスターしてしまっている私は“花屋”という選択を無意識にしていた。


「君がいれば客が増えそうだから」という理由で一発採用されてから、時間潰しとして始めたバイトだったが案外面白く、花に囲まれながらかれこれ一年。


そんな日常が、一人の客と出会ってガラリと変化した。




ガラスケースの花や棚に置かれている鉢植えを楽しそうに物色している黒い彼を、カウンターに座りながら自然と目で追う。


三ヶ月前、彼を初めて見た時の衝撃は今でも忘れない。
こんな年にもなって一目惚れなんてするとは思わなかった。

(ほんとに、いつ見ても美しいです)


長くて綺麗な黒髪、大きな黒い目、整った横顔、彼にしかない独特な雰囲気。いつまでも彼を見つめていたくなる。

そんな彼が毎週同じ曜日に来る事に気付いてからは、その日はどんなに大事な用事が他にあろうとも、そちらをキャンセルしてでも必ずバイトには出た。

それでも彼の年齢はおろか、名前すら分からないのだ。


服装や見た目からしてきっと20代前半だとは思うけれど、それだってただの推測にすぎない。

客と店員。そんな関係で終わりたくはないが、声を掛ける勇気がない。


向こうからすれば私はただの店員にすぎなくて、もしかしたら顔すら覚えてもらっていないのかもしれない。

そんな見ず知らずに近い人間からいきなり告白なんて、気持ち悪いと思うのが当たり前だ。考えれば考える程に嫌な方へと思考は落ちてしまっていく。


(…それに、)


告白どうこう以前に、もう既に相手がいる可能性だって大いにある。





彼はいつもラッピングを頼む。それはもちろん誰かへ贈る為であって。


ラッピングをする分、彼と同じ空間に居られる時間が長くなるのは嬉しいが、その花を誰かへ贈っている姿を想像するだけでなんだか自分が惨めに思えてくる。

もしかしたら彼も私と少しでも一緒に居たいから、なんて、そんなものはただの妄想であって現実である可能性はないに等しい。




どうすれば認めてもらえる?どうすれば好きになってもらえる?どうすればあなたにこの想いを伝えることができる?






今までそんな事を繰り返し繰り返し考えたけれど、最初と何も変わっていない現状を見れば私がどれだけ臆病者かありありと分かる。


(それでも、二度と姿を見られなくなるくらいなら…)


告白してフラれれば、十中八九彼は二度とこの店に姿を現す事はないだろう。

そんな事になるぐらいなら、何も伝えずに気持ちを押し隠していた方がいいのかもしれない…。


(嫌われるなら、伝えない方がマシ)


それは自分にとって逃げであると分かっているけれど、彼をそっと見つめる権利さえ奪われるのは耐えられそうになかった。




「はぁ…」


接客中に溜め息なんて店員にあるまじき振る舞いだが、今だけは勘弁してほしい。

手元に置いてあった雑誌を読むふりをして、相変わらず視線だけは黒を追いかける。

彼は棚に並べられた小さな鉢植えの前で、どの花にするか悩んでいるようだった。



(今日はどんな花にするのだろう)

(それを持って今から彼女に会いに行くのでしょうね…)

(彼女さんにですか、って…さり気無く聞いてみましょうか?)

(うーん、いきなりそんな事聞くのも変ですよねぇ)

(ああ…黒い髪と白い肌に、赤いアネモネが良く映えます)

そんなことを悶々と考えながら一人、妄想にふける。


「…ねぇ」


(ほんと、私、この人が好きだなぁ…)


「…ねぇってば!」

「え?」


会計時にいつも聞く普段の声とは違い、少し張ったようなその呼び声に鈍っていた思考が鮮明に戻ってくる。

彷徨っていただろう視点を目前に合わせれば、カウンターには小さな赤いアネモネの鉢。それと、こちらを不思議そうな顔で窺っている想い人。


「す、すみません!」

「・・・・。」


呆けていた顔を見られた羞恥心に襲われながら、急いでいつも通りラッピングを施す。

ラッピングの際に客にはリボンの色を選んでもらうのだけれど、彼の場合は最初に来た時からずっと薄紅色のリボンを選んでいた。最近では恒常化し、確認せずにいつも通り薄紅色のリボンを用意する。



(アネモネの花言葉は『儚い恋』)



まるで目の前の彼に叶わない想いを寄せている自分のようだ。

権兵衛は自分では気付かないうちに顔を切なそうに歪めていた。


「…どうかしたの?」

「え?」

「…何かいつもと様子が違ってたから。」


そんなに心配されるほど態度に出ていただろうか。

そう考えながら、ふとした事に気付く。


(…いつも、と?)


それは、いつも自分の事を見てくれていた、という事なのだろうか。

覚えられていなくても無理はないと考えていたせいか、その反動で嬉しさのあまり顔が締まりなく弛んできてしまう。

自覚できる程顔が熱いのだから、きっと彼にも顔の赤さが目に見えて伝わってしまうだろう。


案の定、私のそれに気付いた彼は、あ、しまった。と言って眉をひそめた。

そんな普段では見られない表情を至近距離で目の当たりにしてしまい、今まで抑えていたものが堰を切ったように溢れ出す。


(止められない)


駄目。もう抑えられるような簡単な気持ちじゃない。

今日を境にもう二度と会えなくなるかもしれない。
それでも客と店員なんて関係じゃなく、好きな日、好きな時間に彼と会えるような関係になりたい。

花にではなく、自分に会いに来てほしい。


(気持ちを、伝えなくては…)


あまりの緊張で手や足が震えてしまう。

クサい台詞は私には口には出来ないからもっとシンプルに、どうせ最終的に伝えたい気持ちはたった一つなのだから。

約三ヵ月間、ずっと頭の中を埋め尽くしてきた想いを、全て、彼に。



「あの、私……あなたのこと…」



ふと、思い出す。

アネモネにはもう一つ、花言葉があったじゃない。



(『儚い恋』…それと、)




「あの・・・ずっと、初めて見た時からずっと・・・好きだったんです。」




嗚呼、それはまさに私の気持ちそのもので。



君に花を贈りましょう

アネモネのもう1つの花言葉は``君を愛す''






(…君、知らないでしょ)
(………え?)
(…はい、プレゼント)
(え?ありがとうございます)
(…何で俺がここに来てるのか)
(…君に会いたいからだよ)
(え!?)
(…俺も好きだよ)








   

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