「あたし、あんたが嫌い。」
団長から頼まれた資料を調べていると突然マチに憎々しげに言われた。俺、マチに何かしたっけ?
「うん。そうだとしてもまぁ、いきなり結論だけ言われても…俺は困るかな。」
パソコン画面から一度も目を反らさず淡々と返すシャルの態度に腹が立つ。
「嫌いだから嫌い。」
俺がマチに言葉を返してからすぐにこう言われた。いや、俺はマチがどうして俺を嫌いになったのかその経緯が知りたかったんだけど何なの?マチって意外と頭悪いの?
俺の背後に立っているマチは今、どんな顔をしているのか気になったが、俺は仕事を優先にする派なので画面から目を離さない。
「いや、その理由を俺は知りたいんだけど?」
こいつはいつもそうだ。理屈ばかり言って頭が固い、そして彼女より仕事を絶対に優先させる。これだから仕事だけは出来る男は…。
何故あたしが自分を嫌っているのか理由を知りたいと言ったわりには、さっきからずっと画面から目を離さない。本当にこいつ理由が知りたいのか?
あたしが言った次の一言で今までカタカタとリズム良く打たれていたキーボードの音が一旦停止した。
「権兵衛が倒れた。」
その一言を聞いた瞬間、仕事どころじゃなくなった。
画面から目を離して(うわ、マチめっちゃ顔しかめてる…。)何だって?と仁王立ちしているマチに返した。
「何だって?」
初めて画面から目を離した。
それだけ彼女はシャルにとって大切な存在なんだろう。勿論、シャルだけじゃなくあたしにとっても大切な存在だ。
だから今、ここにいる。
「だから権兵衛が倒れたんだってば。」
それ俺が嫌いな理由と関係あるわけ?と思ったりもしたがそんなことより彼女のことが気がかりだった。
「彼女は?」
いつもの無駄な爽やかさを発している貼り付けたような気持ち悪い笑顔から一転、真剣な眼差しであたしに訊く。
「今、パクが看てる。」
何で倒れたのかとかそういうもっと詳しい情報が知りたかったけど相手がマチなのでとりあえず彼女がどこに居るのか尋ねる。
「で、彼女は今どこに?」
二階のパクの部屋で眠っているとあたしが言い終える前にシャルは部屋から出ていった。
バタンと勢い良く閉まる扉の音が聴こえ、一人あたしは部屋に取り残された。
…結局何だかんだ言って好きなんじゃない。
心の中でそう呟き、用が済んだのでとっと主の居ない部屋から出て行った。
階段を駆け上がり一刻も早く彼女のもとに辿り着けるように全力で走る。途中、団長に廊下は走るなと一喝されたが気にも止めず走る。
「パク!権兵衛は?!」
バタンと勢い良く扉が開かれた。きっとマチから話を聞いて彼女を心配したシャルが来たのだろう。
何だかんだ言って彼女のことが好きなんじゃない、くすっと笑う。
「ここで寝てるわよ。」
パクが指を差した先にあるベットの上で彼女はすやすやと眠っていた。
穏やかな寝顔、スースーと整った呼吸、彼女を様子を見る限り安心していいようだ。
ほっと一息つくとパクがクスクスと笑いながら言った。
「あらシャル、マチに説教されなかった?」
「あー、いきなり嫌いだって言われたよ。」
理由を聞いたのに教えてくれなかったよ、とシャルは不思議そうに呟いた。まぁ、あの子は口数が少ないし不器用だものね。
「マチが何故、あなたを嫌いって言ったのかそれは自分で考えなきゃ。」
パクにそう言われたら仕方ない、もう自分で考えないといけないな。
傍で眠る彼女の穏やかな寝顔を眺める。
彼女が起きたらまず謝ろう、それからいっぱい愛してあげよう。
「そうだね、自分で考えようかな。でもそれは権兵衛が起きた後でね。」
そう言ってシャルは優しい目で彼女を見つめ、愛しそうに彼女の髪を撫でた。
私は…お邪魔かしらね、そう言って私は自分の部屋から出て行った。
階段を降りている途中でマチに会った。
「で、パクどうなったの?」
「ふふ、仲直り出来そうよ。」
「面倒くさい2人だね。」
「そうね、でも2人が仲直り出来て良かったわ。」
「…まぁ、ね。」
2日前、権兵衛とシャルは喧嘩した。
原因はデートする約束していた日にシャルがドタキャンをしたことだ。シャルは急に仕事が入って行けなくなったらしい。
彼女は旅団にしては珍しい温厚な子だから、普段ならデートの日に急な仕事が入ったシャルがドタキャンをしても許す。
けれどその日は彼女にとって大切な日だったらしい。だからこそドタキャンをしたシャルが許せなかったそうだ。
「私と仕事どっちが大事なの?!・・・え、え?・・・シャ、シャルの馬鹿ぁあああ!!!!」
アジト内に響き渡ったほどの大きな声だった。その後すぐにシャルの部屋から涙を流しながら飛び出してきた彼女から事情を聞いた。
どっちが大事か質問したら即答で仕事とシャルは答えたらしい。
しかも、パソコン画面から一度も目を離さずに。さすがに彼女が不憫に思えた。
私は優しい彼女をばっさりとたった一言で傷つけたシャルが嫌い。
あれから2日間、いつも笑顔だった彼女から笑顔が消えた。ずっと下を俯いて寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
彼女のそんな顔は見たくなかった。
大切な彼女のために何が出来るか、私なりに考えて行動したつもりだ。
権兵衛が幸せになれますように――
そっと、存在しているかも分からない神様に願った。他の団員がこれを聞いたら多分お前らしくない、なんて大笑いするだろう。
あれから2人は仲直りしたらしい。いつもの優しい笑顔で彼女は幸せそうに話していた。やっといつもの彼女に戻って安心したのは私だけじゃないだろう。
彼女はみんなに愛されているから。
親愛なる友へ、
(へぇ〜、マチって意外と友達想いなんだね)
(シャル、黙らないとその口縫うよ)
(それはすごく嫌かな?権兵衛と話せなくなるのは嫌だし〜)
(…やっぱりあたし、あんたは嫌いだわ)