さぁ、夏だ!
一面に広がる青い空、その上に僅かに広がる真っ白な雲、燦々と人々の上で輝く太陽。
ピクニック等をするアウトドア派の人達にとっては最高の天気なことだろう。
しかし、インドア派の私にとってその天気は紛れもなく気分を害する邪魔物でしかなかった。
「あちーよ、くそが…」
何に対してくそがと言っているのか自分でも分からないが、とりあえず私がすごく腹をたてているということは理解して。
太陽の光は私へ嫌がらせをしたいのかジリジリと頭の上を照りつける。
母からの頼みで(ほぼ脅迫に近かった)祖母宅に行かされるはめになった私は、船でクジラ島へと向かっている。
普通なら、せっかく船に乗っているので海の美しさを楽しんだり、潮の香りが微かにする風の匂いを楽しんだりするだろう。
しかし!私は違う。
理由はただ一つ、そんなもの楽しんでいる余裕などないからだ!
(訳:炎天下の中、外に出て周りの景色を楽しんでいる間に脱水症状や熱中症等を引き起こして倒れることが多いから。)
…そういう訳で今、私は船内で読書を楽しんでいるのだ。あぁ快適、エアコン万歳アイス万歳ジュース万歳インドア万歳!
「お客さーん、そろそろクジラ島でっせー。」
「な、なんだって?」
もうすぐこの快適な空間から抜けてあの地獄の炎天下の中、えっせらほいそらと祖母宅まで歩いて行かなければならない…だと?!
なんたる鬼畜!なんたるドSだ!
「おじさん、そんなに急がなくても大丈夫なんだよ?私にはまだまだ時間がある。だから、そんなにスピード上げなくてもいいから!?」
「嬢ちゃん、時間は無駄使いしちゃいけねーよ。こうしてる間にも嬢ちゃんの無限の可能性が、幸せが俺のトロい運転のせいで少しずつ失われてしまうんだ。」
「いやお前誰だよ、全然良いこと言ってねーよ。お前が早く運転することによって私の快適な空間で過ごすという幸せが失われていくんだよ。」
「嬢ちゃん、ほら未来は近いぜ。」
「だからお前誰だよ、何キャラだよ」
おじさん(一応、船長)が指を差す方を見てみるとそこには緑がおいしげり自然豊かなクジラ島があった。
私の願いは天に届かず、とうとうクジラ島の港へ足を下ろすはめになってしまった。
「サヨナラ、私の幸せ…」
名残惜しい目で船を見ればおじさんがニカッと歯を見せて笑って嬢ちゃん、本当の幸せをここで見つけてこい!と、訳の分からぬ台詞を吐いて去って行った。
…幸せも何も今、お前に地獄へ突き落とされたのだが?
そんな私の心の叫びがあのクソジジイ(元おじさんで一応、船長)に届くわけもなく、祖母宅へ向かうしかもう道が残されていなかった。
さぁ、夏だ!
人々は皆この季節を楽しんでいる。ほら、周りを見れば皆確かに汗をかいているがそれでも笑顔で仕事や遊びに打ち込んでいる。もう彼らには敬意を払わないといけないと重たい足を引きずりながら思った。
それにしても清々しいくらい暑いな!
「さぁ、大変だ。ここからの道のりが全く分からないぞおっ☆」
どんどん歩き進めたのは良いものの、自分が方向音痴であることを完っ璧に忘れていた。
きっとここは森の中(だって山を登ってきたし)、草花の良い香りがする(癒し効果があるらしい)。
『港に着いたら、とりあえず山の方へ向かって歩けばお祖母ちゃんの家に着くわよ多分。』と、母から言われた通りに歩いて来たんだけどよく考えたらあのクソババア(母)多分って最後に付け足してんじゃんかよ。
キョロキョロと辺りを見回すが家らしき建物はない、というか全部木じゃん。
「嘘だろマジかよあり得ない。」
どうやら本格的に迷ってしまっているようだ。このままだと私は死んでしまうかもしれない(熱中症か脱水症状になって)。
まぁ、とりあえずそれは頭の隅から外しておこう。+思考で頑張れ私!
手探りで辺りを散策していると、とうとう私が恐れていた状況が訪れたようで…目が霞んで頭がガンガンとトンカチで殴られるみたいに痛くなった。足に力が入らなくなる。頭がもう正常に働いてくれず声も出ない。そういえば船から降りた後、3時間ずっと歩きっぱなしで一口も水を飲んでいなかったと今になって気づいた。
世界が揺れる、今までの人生がまるで走馬灯のように私の目の前を駆け巡る。
段々、見える世界は白に染まっていき私は自分が倒れていくことを感じながらゆっくりと目を閉じた。
あぁ誰か、誰か助けて下さい!
私の心の叫びなんて誰にも聞こえやしない。私は僅かに持っていた希望を手放した。
「…あ、起きた。ミトさ〜ん!起きたよ〜。」
目を覚ますとそこは森ではなく生活感溢れる家の中だった。
少し遠くから女の人の、近くから男の子の声が聞こえる。どうやら2人は何か話をしているようだ。
私の目の前には大きな黒い瞳が心配そうにこちらをじっと見ていた。
どうやらその黒い瞳は近くから聞こえていた男の子の物のようだ。黒髪のツンツン頭で人が良さそうな顔をしている。
男の子は首を傾げて私に問いかけた。
「大丈夫?」
まだ少し頭が痛いがとりあえず頷いて置く。するとその男の子は安心したのか息を吐いてニッコリと花が咲くように綺麗に笑った。
「なら良かった、安心したぁ〜。森で遊んでたら君が倒れてたんだもん、ビックリしたよ!」
身振り手振りで私が倒れているのを発見してから今に至るまでの経緯を詳しく教えてくれた。なんて良い人なんだろう。
「あ、自己紹介してなかったね。俺はゴン!で、こっちの女の人がミトさん。俺の母親みたいな人だよ。」
目が合ったので会釈をする。
ミトさんは優しく微笑みながらどうぞ、と冷たいミルクティーを渡してくれた。
わぁお、これは私の好物のミルクティーじゃないか。ミルクティー万歳!ミトさんの優しさ万歳!
光の速さでそれを飲み干す。味わうなんて今の私には関係ない、だって喉が渇いてるんだもん。
私の飲みっぷりを見て2人は目を丸くする。次第に強張っていた表情が柔らかくなり…大笑いされた。
「え、え、え…?」
笑われるとは思っていたが、まさか大笑いされるとは思わなかったので戸惑う。
「ごめんなさいね、あまりにも良い飲みっぷりだったからつい…。」
笑いすぎて溜まった目の端の涙を拭いながらミトさんは言った。ゴンはまだ大笑いしている。蹴飛ばしてやろうか?
「ところであなた、どうして森まで行っていたの?地元の子じゃないでしょ?」
「えぇ、まぁ…。」
言葉を濁す。
山の方へ向かって歩けばお祖母ちゃんの家に着くと聞いたので歩いて行ったら途中で脱水症+熱中症のWコンビに殺られました。なんて理由…恥ずかしくて言えない。
さてどうしようかと考える。
「家族と来てないの?」
ようやく笑い終えたゴンが私の隣に座る。
お父さんは?お母さんは?一緒に来てないの?等、色々質問攻めをくらった。
面倒くさくなったのでとりあえず全部分からない、と答えておいた。
すると、ミトさんが綺麗に整っている顔を少し歪めて私達に言った。
「もしかしたらその子、記憶喪失になったんじゃないの…?」
どうやらミトさんは私が森の中で何らかの衝撃によって倒れて記憶を失ったと考えているらしい。
ただ単に答えるのが面倒くさかっただけなんだけどなぁ…。
ミトさんに申し訳なく感じる。
私が黙って俯いているとゴンがあっけらかんとした声で提案した。
「なら、記憶が戻るまで俺ん家居たらいいじゃん。ね?」
うん、絶対それがいいよ!と楽しそうな笑顔で言われたらもう頷くしか出来なかった。ミトさんも少し困った表情をしたけど、すぐにうん、それがいいわね。と快く了承してくれた。
本当は記憶は確かにある。
でも2人に全てを話して家に帰れば、母親にまた面倒くさいことを押し付けられる大変な毎日が待っているので帰りたくなかった。から、話さなかった。
それに、私がお祖母ちゃんの家に向かわされたのは母の代わりにお祖母ちゃんの葬儀に出席するためだ。私は葬儀に呼ばれてもいない。だからわざわざ私が出席しなくても良いのだ。
今までずっと私は母の操り人形だった。本当は私は母の言いなりになるのが嫌だった。
けれど自分の意見や考えはいつも心の中だけで終わらされていた。母は聞いてもくれなかった。
心の叫びがやけに多いのはそのせいだと考えてくれても構わない。
¨私は私らしく自由に生きたい¨
母の命令をききながらずっと思ってた。
これは私の最初で最後の母に対する抗い。
私という便利な駒がいなくなって苦労する日々を過ごしてしまえば良い、母のそんな姿を想像してほくそ笑む私は悪魔なのだろうか。
ゴンが私を見てこれから一緒だね!と笑う。
まるで花が咲くような明るく綺麗なこの笑顔に惹かれてしまったというのも1つの事実である。
「うん!ずっと一緒だね。」
ゴンの右手を握って笑顔を返す。ミトさんはそんな私達の様子を微笑みながら温かい目で見ている。
優しいミトさん、大好きなゴン、そんな2人とずっと一緒にいるために私は今までの過去を全て頭から消してしまうことを決意した。
そして嘘つきは…
(自由を、本当の幸せを手に入れた。)
----------後書き------------
ゴンとミトさん
この2人のコンビがスゴい好き。
途中までギャグになるように頑張ってみたけど、どうしても最後には少しシリアスが入るのは何故だろう…。
刑事ドラマの見すぎかしら?笑
主人公は腹黒。
それは最初から心に決めて書いていました!!!←(急にどうした?!)
最終的にはあらゆる手を使って
主人公はゴン君の心を掴んだのです。
ゴン君は主人公の罠にハマったとは
気づいていない…(妄想終了)
ここまで読んで下さって
ありがとうございました(ペコリ)