今日も女子の黄色い声援が校内に飛び交う。その中心にいるのは我が校の王子ことシャルナーク。
正直、私は彼をあまり好ましく思ってない。
理由は簡単。まるでロボットみたいだから。
顔も良ければ頭も良い、それに運動神経だって良い。頼まれれば嫌な顔一つせず引き受けてくれるし、誰に対してでも優しいいわゆる完璧人間。それにいつだって笑顔なもんだから(胡散臭い笑顔だけど…)いつの間にか彼は我が校の王子となっていた。
王子なんていったい誰が言い始めたんだろう?
彼は本当はそんな人じゃないのに、その容姿と何でも出来る所と誰にでも優しい所でどんどん幻想化されていく。王子なんて呼ばれてる。
彼だって普通の人間なのにね。
「毎日毎日、王子なんて呼ばれて可哀想。」
ある日、私はあなたがいるとは知らずにそんな言葉を口に出してしまった。
「どうしてそれが可哀想になるの?」
何で君には俺が可哀想に見えるわけ?と、自嘲気味に笑う彼が隣にいた。
私はその時、一人屋上でベーグルサンドを食べていたんだけど予想外すぎて思わずレタスを吹き出してしまった。
「汚ないなぁ、それでも女?」
眉間に皺を寄せながらも自分のポケットからティッシュを取り出して私が吹き出したレタスを処理してくれた。あ、優しいのは本当だったのね。でも、口悪いなぁ。
とりあえず、お礼を言わないといけないと思い慌ててありがとうと言った。
「で、理由は何なの?」
余程私の発言を気にしているらしい。
さっきまでずっと立っていたので疲れたのか、私の隣へ腰を下ろした。じっと彼は私の顔を凝視して返答を待つ。だが残念ながら私はまだベーグルサンドを食べているので、なかなか話さないというか話せない。
「何で一向に話す気配がないわけ?何か話せない理由でもあるの?」
少し威圧的に言われたの焦った。手で少し待ってとサインを送り、なるべく早く食べ終われるよう努める。咀嚼の回数を多くして、水をベーグルサンドと一緒に食道へと流し込む。この作業を何回か繰り返して私はようやくベーグルサンドを食べ終えることができた。
「食べ終えたことだし、さぁ、話してもらおうか。」
「うん、いいよ。」
とりあえず今まで思っていたことを全て話した。主にさっきまで私が考えていたこと。
「で、とにかく本当は違うだろうに女の幻想を押し付けられて御愁傷様ですっていう意味を込めて発言したんだけど。」
彼は驚いていた。普段から大きなその瞳をさらに大きくさせて…、嫌みか?自分の瞳が大きいことを主張したいのか?そちらがその様な態度をするなら、こちらにも考えがある。用意は出来た。
「いや、何でいきなりじゃんけんのチョキのポーズしてんの?」
「…目を、潰すため、ですかね?」
「疑問系で物騒なこと言わないでよ。」
凄い勢いで睨まれる。怖い。とりあえず、あははと笑って誤魔化す。
彼は何かの糸が切れたのか、はぁーっとため息をついて私の隣に寝転がる。
「まさかこの俺の建前がねー、君ごときに見破られるとは思わなかったよ。」
「…それはそれは、とても残念なことでしたね。」
君ごときとは何だ君ごときとは、内心凄く腹がたっていたが平然とした表情で言葉を紡げるよう努めた。
「でも、正直きつかったんだよね。」
「…何が?」
彼の顔を見ると普段のような胡散臭い笑顔ではなく、真面目な表情をしていた。
「良い人のふりをするのが。」
悲しそうな瞳、儚げに微笑むその姿。
今さっきまでの偉そうな態度から一変したので少し驚いた。
「俺、本当は良い人キャラじゃないし」
「…わりと知ってた。」
「話のこし折らないでくれる?」
そう不満げに口を尖らせる彼の姿が可愛くて、つい笑ってしまった。
「何、笑ってるのさ。失礼だよ。」
「…ごめんごめん、可愛くて。」
「可愛いなんて言われても全然嬉しくないよ、俺は男なのに。」
「…あ、そっか。」
思ったことをすぐに口に出してしまうのが私の悪い癖だ。ダメだなぁ、なんて思って下を向いていると彼はまるで、今日はとても良いお天気ですね。とでも言うように
「俺なんかより権兵衛のほうが可愛いと思うよ。」
さらりと恥ずかしい台詞を言いのけた。いや、確かに私も彼に可愛いと普通に言ったんだけど・・・。
やっぱり日頃から王子などと称賛されていたらこんな言葉をさらっと言えるのだろう?
普通の男子高校生はまだ変に思春期が残っているから(まぁ私の勝手な憶測なんだけど・・・)照れて可愛いの"か"の文字も言えない。
そもそも男に可愛いなんて思う感情はあるのだろうか・・・。
隣に居る彼の存在を忘れて、深い深い瞑想に入る。
「まさか俺の存在忘れて瞑想してたりとかないよね?殺すよ」
爽やかに笑顔で何て物騒な言葉を口にしているんだ彼は。しかも、凄く恐ろしいのが口は笑っているけど目が全く笑ってない。もう一度言うね、目が全く笑ってない。
ジリジリと僅かに私のほうへと近づいてくるので、私もソロソロと僅かに彼から遠ざかっていく。
「何で逃げるの?」
「え、なんとなく。」
怖いから、なんて口が裂けても言えないぞこれは。とうとう壁まで追い詰められた。彼の手が顔の横にある。もうダメだ、殺られる…そう思ってとっさに目を瞑ったその時、彼が壁についていた手を下ろした。(ちなみに、あの目が全く笑ってない怖い笑顔を止めた。すごく安心した)
「もし俺がさ、」
「…え、何?」
そうやって下を向き、遠慮がちに話し始める。
「君にさ、」
「…わ、私?」
「ごめん、もう黙ってくれないかな?」
「…えぇっ!」
「今は俺が話してるから、黙って、話しを、聞いて!分かった?」
「あ、え、あ、うん…ぃや、はい!」
どうやら私は遠慮がちシャルナークに滅法弱いらしい。動揺しまくって話を何度も遮ってしまった、ごめん。それに、さっきから心臓の音が鳴り止まない。
「ねぇ。」
「は、はい!…あ、」
ヤバい…黙ってろと言われたのに早速喋ってしまった。これは死亡フラグが立ったったったサヨナラ私の人生、今までありがとうマイファミリー、未来の旦那様…あなたに出逢えぬまま逝くのが心残りです。
みんな今まで本当にありがとう…ありがt
「もし俺が君に惚れたって言ったらどうする?」
彼は私の左手を優しく両手で包んで、真剣な眼差しで私に問う。頭が真っ白になっていく中で私の右目に映った翡翠の瞳が一瞬揺れ動いて見えたのは私の見間違いだろうか?
「…眼科と耳鼻科と脳神経外科に行くことを死ぬ気で薦める。」
ヒューッと冷たい風が吹く。肌に突き刺さるような冷たさだ。今の自分の発言について心の中で反省会を開こうとしている私には丁度良い気温だ。
あぁ、彼が目を真ん丸くして開いている。うんまぁ、驚くよね。ごめん。動揺しすぎて逆に冷静な答えが出たんだよ。
言い訳のオンパレード(心の中でだけ)
暫くして急に彼はお腹を抱えて笑いだした。気が済むまで笑った後、目の端に涙をためながら言った。
「あはは、君はね。初めて出会う人なんだ。」
「・・・・・・?」
分からない、頭をフル回転して働かせてみたけれど彼の言葉の意味が全く分からない。真っ直ぐ彼の方を向くと目があった。
「今まで出会ったことのない新しいタイプの人間なんだ。」
彼は私から目をそらさない。私も彼から目をそらさない。
と、いうか顔を両手でガッチリと掴まれているのでそらせない。
「本当の俺を見破った初めての人なんだ。」
そういえば彼はずっと自分というものを隠してきたらしい。(自分の利益の為だけど)
でも、それってどんなに大変なことだろう?本当の自分を隠し続けて偽りの自分を演じ続けること、それはどんなに辛いことだろう。
「本当は違うのに。って指摘したのは君が初めてだったんだ…」
彼は心底嬉しそうに語り始める。
話をし始めてからまだ数分しか経っていないけど今なら彼が本当はどんな人間なのか分かる。良い人だ、ロボットなんかじゃない普通の人間だ。
今まで彼に対して悪い印象を抱いていた自分を叱咤した。
彼は、普通に接しても好かれる好ましい人間じゃないか。それを第一印象で好ましくないなんて思っていた自分は馬鹿だ。浅はかだ。
戒めるために唇を噛み締めようとする、だがそれはあっさりと彼の唇によって拒まれた。口づけされていると気づいたのは、その数秒後。リップ音をたてて離れていくそれに私の目は釘付けだった。
彼は顔を真っ赤にしながら微笑んだ。
「聞いてなかったようだから、もう一度言うね?君が好きです。だから、俺と付き合って下さい。」
今の私の顔はきっと、茹で蛸のように真っ赤になってることだろう。
「…ファーストキスだったんです。だから、ちゃんと責任はとって下せぇ。」
あぁ、何て可愛いげのない…。我ながら思う。
クスッと笑って彼は私の左手を手に取り指先に口付けをする。
「勿論。」
こちらを見て得意気に笑うもんだから、私は手を振り払って立ち上がってやった。不思議そうに無駄に綺麗な顔を私に近づけてくるのは止めて下さい。輸血パックが必要になります。
「あーあ、一目惚れなんてガラじゃなかったんだけどなぁ。」
くるりと踵を反して伸びをしながら彼はそう言った。
「それは私も同じ。」
伸びをする彼の左隣に立つ。見上げれば、隣に立つ私の姿を見つけた幸せそうな笑顔があった。
俺が君に惚れた理由
(それは今度機会があったら話すよ)