にねん | ナノ



海が見たいな、と言った俺を叱るでも、突き放すでもなく。
「じゃー、行こっか」
紫原っちはそう言って、俺の手を引いた。

繰り返す日々に、息が詰まり始めたのはいつからだっただろう。
いや、もしかしたら初めからかもしれない。
家、学校、部活、仕事。全部、それなりに上手く立ち回れていた。
壊れていく仲間との絆にも、何とも思っていないふりをできていたはず。
いつからか、俺にとっての世界とは、無味乾燥でつまらない、遠いものになっていた。
…わかっていた。そうしなければ、俺自身が耐えられなくてつぶれてしまうと。
だから、目を伏せた。その代償として、世界の美しさがわからなくなると知っていても。
そうして、まるでテレビの中の風景みたいに遠くなった世界に、傷つけられることはなくなったけれど。
代わりに、狭い箱に押し込められたみたいに苦しくなった。息もできないような感覚に耐えかね、気付けば彼に助けを求めていた。

「…よかったんスか」
「だって、黄瀬ちん苦しそうだったから」
昼休みの教室から飛び出して、制服のままで電車に乗った。
自分で言ったくせに、今更不安になってそう言えば、ぽんぽんと頭を撫でられる。
空いている電車の中。隣同士で座って、指を絡めて。
紫原っちの匂いに、不安な気持ちも飛んでいく気がする。
俺はそっと目を閉じた。

少しうとうとしていたところを紫原っちに起こされ、駅に降り立つと、潮の香りが鼻をくすぐる。
駅を出ると、そこはすぐに海だった。
「ごめん、砂浜とかじゃないんだけど」
「……ううん」
波が高く、泳ぐのに適した場所ではない。
海面は今いる場所よりずいぶん低い位置にあり、そこまで降りられる階段も近くにはないようだ。
……それでも。
「…綺麗…」
家族旅行で行ったハワイの海、撮影で使った白い砂浜、海水浴場の賑わい。
どれも好きだった。けれど、そのどれよりももっと、この風景は美しく映る。
だってそれらは綺麗だけれど、どこか遠かった。…今見ている海は、こんなにも近くにある。
……理由はわかってる。とっくに。

「紫原っち」
「ん?」
「…ありがとう」
隣を見る。
見上げなければ届かない目線と目を合わせる。
…彼が、いてくれるから。
俺の隣で、こうして一緒に眺めて、笑ってくれるから。
だから、息ができる。感じることができる。

俺達の他には誰もいないその場所で、そっと近づいてくる顔。
下りてくるであろう感触を想い、俺は静かに目を閉じた。

世界が綺麗に見える場所
(一緒に眺める世界だから)

20130708

中3くらいのイメージ。中学の制服で昼間から電車に乗ってたら通報されそうだけど、高校設定だと秋田遠すぎィ!なのでBLはファンタジーと唱えて華麗にスルーするように。
最近ジャンプの回想は面白いしむっくんは赤司様と某特撮のEDで踊るし日々むっくん愛が深まってる気がしないでもない。それでこの出来とか言わない。



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