おーふりゆめ | ナノ

手料理の時間


「元希、料理を作ろうと思うんだけど」
「却下」
「メニューは…」
「聞けよっ!」
中学の頃もそうだったが、今でも相変わらず学年トップらしい夏葉の家(といっても同じマンションの同じ階)に来て勉強していたオフの日。
そろそろお昼だ、と腹は告げていたけど、その言葉はないと思っていた。
夏葉のお母さんは近所でも評判の料理上手で、今日もそれが食べられると勝手に思い込んでいた。
なにしろ、幼なじみの高瀬に料理をめちゃくちゃにけなされるらしく、最近では夏葉はすっかり自信をなくしてしまっていたから。
もちろん高瀬はムカつくから次の大会覚えてろだが、同時にホッとしたのもまた事実。
夏葉の料理は下手ではないのだが、なにしろ辛い。辛いものは苦手だ。そもそも辛いもの好きなはずの秋丸すら夏葉の料理は冷や汗ものらしいので、辛いというレベルではないみたいだが。…やっぱり下手か。
「大丈夫!今日は成功する!…気がする。それにママいないし、元希作れないでしょ?」
「なんだその変な自信!カップ麺とかでいーから」
「身体に悪い」
「お前の料理の方が身体にわりーよ」
「いいから今日は食べて!次回こそ準太をぎゃふんと言わせるんだから!」
「おいコラそれが本音か!」
夏葉の彼氏は本当に俺だよな?誰か教えろ。
「…いい、食べないならテスト前の勉強会は中止」
「はっ?」
「私、桐青行って利央にだけ教える」
「…食べます。いただきます」
いい笑顔で脅された。テストの前、夏葉の教えがないと赤点どころか点数が一桁なのが確実なの、知ってるくせに。

対面式キッチンで、夏葉は楽しそうに鍋をかき混ぜている。
こんな日に限って秋丸は家族で外出中で、電話にも出ない。
高瀬を夏葉の家に呼ぶなんてまっぴらごめんだし。仲沢もしかり。
そんなわけで俺はひとり、その料理の登場を待つ。
冷や汗をかきながら、それでも俺は心の片隅で喜ぶ。
だって、彼女の手料理だ。
付き合う前にも後にも何回も食ったことあるし、いい思い出などひとつもないけど、それでも。
うれしくない、はずがない。
だって、大きな瞳で俺が食べるのを見つめて、食べればうれしそうに笑って。
そんなかわいい姿を見られるから。
「…夏葉ー、まだ?」
「え?…もうちょっとだよー」
そんな何気ない言葉にも、頬を染めてくれるから。

彼女の辛すぎる手料理を、食べよう。
そして、喜ぶ彼女に、とびきり甘いキスを贈る。

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