小説2 | ナノ


(八橋様へ/紫黄)


『ねぇ、こっちむいて?』
画面の中。最近人気の女優と向かい合う俺の恋人。
『すきだよ』
わかってる。画面の中の彼は、彼であって彼ではない。
…だけど、頭ではわかっていても面白くない。
『きみしかみえないよ』
女の長い髪に、綺麗な指が通る。
触れないで。俺以外に、そんなふうに微笑まないで。

「あ、見てくれてるんスか」
キッチンからケーキを取ってきてテーブルに並べ、俺の隣に座るのは、画面の中と同じ微笑み。
「演技の勉強頑張ったんスよ。どうスか?」
少し不安そうにそう聞いてくるのは、きっとこれが彼にとって初めてのちゃんとしたドラマだからだろう。
「うーん…」
演技のことなんて全然詳しくないけど、恋人の欲目を差し置いてもきちんと役になりきってるんじゃないかと思う。
だけど…

「む、紫原っち…?」
先ほどの質問に答えることなく、隣の彼を抱き寄せる。
画面の中で、女の腕が彼の肩に巻きついているのを横目に見ながら。
驚いたように、黄瀬ちんは俺の顔を見る。
目の前にケーキがあるのに見向きもしないのにびっくりしているのだろう。
…俺をなんだと思ってるんだか。

「ねぇ、黄瀬ちん?」
恥ずかしいのか俯き気味の顔を見たくて、耳元に名前を落とせば、そこから一瞬で朱が広がる。
「こっちむいてよ」
「……いま、ムリっ…!」
「えー、なんでー」
ぎゅう、と抱き締める力を強める。
少し痛いかもしれないけれど、離してやるつもりはない。
…自分勝手なのはわかってる。黄瀬ちんがモデルだってことは付き合う前から知ってるし、俳優として活動を始めたいと相談されたときも背中を押した。
だけど、いざ見ればやっぱり、それは面白くなくて。
だって、黄瀬ちんは俺のものなのに。
あんな女に触れてほしくない。見てほしくもない。
口には出さないけれど、ずっと思ってる。
「…紫原っち、あの…いったん離し」
「やだ」
わざと耳元で。そうすれば、鼓動がおおきく跳ねるのが伝わってきた。
その鼓動まで、全部抱き締められる距離にいる。
やっぱり嫉妬はするけれど、それがわかっている。
彼がこうなるのが、この場所だけだとわかっているから。

「…今は、俺のだしね」
いつの間にか、エンドロールが流れ始めたテレビの前で。
ふたりきりの場所で、上げられた顔にそっと唇を落とした。


抱き締めるのには充分な
(俺だけの、場所)

20131103

八橋様へ捧げさせていただきますっ!
もう何が書きたいのやらなんやらわからない感じになっちまってすみませぬ…!
むっくんまじ妖精さん。



[back]