一周年記念企画 | ナノ
 

TAKE13
 

おは朝を見ながら、緑間っちに電話する。
すっかりしまってある場所を覚えてしまったヴァイオリンを出すのはやめた。あれにはそれほど意味がない。
電話の向こうからもテレビの音が漏れていて、緑間っちの声は少し沈んでいる。
そんな彼に、もう何度も繰り返した言葉を言う。彼が聞くのは、たぶん初めてだけど。
「緑間っち、誕生日おめでとっス」
きっと、これが最後だ。最後の、7月7日になる。
だから、今までの7月7日のどれよりも、心を込めて。

部活を休んで傍に行こうか迷ったけれど、やっぱり俺の足は海常に向かう。
彼と同じように、やっぱりバスケも、俺にとっては大切なものだから。
「黄瀬、今日はなんかキ(レ)キ(レ)だな!」
いつになく練習に打ち込む俺に、早川先輩は嬉しそうにラ行が言えてない口調で話しかけてきた。
「あはは、いつもっスよ!俺バスケ大好きっスから!」
笑ってそう返すと、知って(る)よ、と肩を叩かれた。
やっぱり俺はバスケが好きで、海常も大好きで。
だから、繰り返した日の中で、思ったこともあった。
──彼を諦めれば、こんなふうに笑える日常が戻ってくるんじゃないかって。
だけど、やっぱり無理だった。緑間っちを助けられるチャンスがあるのに、それを捨てるなんてできなかった。
天秤にかけることは、とても難しかったけれど。
「…ごめんなさい、先輩」
体育館の反対側の監督に呼ばれ、歩いていく早川先輩の背中に、小さく呟く。
彼は覚えていないだろうけど、今まで繰り返してきたこの日、何度も部活をサボってしまったこと。
…そして、これからのことを。

部活終了の挨拶と同時に、来てくれていた笠松先輩たちには申し訳ないと思いつつ体育館を飛び出し、着替えて全速力で学校を出る。
朝電話した以外は何も変えていない。繰り返す前、一回目と同じであるはずだ。
きっと今頃、緑間っちは家を出て、楽器店に向かうはず。
そうして、大通りで居眠り運転のトラックに突っ込まれる。
だけど、…それが、天命だなんて言わせない。
覚悟も決めた。彼を助ける唯一の方法は、もう俺の手の中にある。

角を曲がる。
他のみんなより頭ひとつ分高い後ろ姿。俺に気付いてはいなくて、足を止めることなく進んでいく。
少し離れて俺も歩いて、そろそろあの場所。周りに人はいなくなり、俺の視界は彼だけになる。
そうして、後ろから大型車のエンジン音が聞こえた瞬間、俺は走り出していた。
全力でその背中を突き飛ばす。まるで狙っているかのように、さっきまで彼がいた場所…今、俺が立っている場所に、トラックが突っ込んできた。
飛び散る赤。むせかえるような血の臭い。そして、こちらを向いた彼の、驚きで丸くなった瞳。

そのとき、降水確率0%の、さっきまで晴れていた空から、雨が降り出した。
今まで一度もなかったそれに、俺は勝利を確信する。
何か言いたげに揺らめいている陽炎に、掠れた声で紡ぐ。
「ざまぁみろ」
俺は、緑間っちを助けた。天命を、変えてやった。

「…黄瀬!」
我に返ったようにこちらに駆けてくる緑間っちに、なんとか笑顔を向ける。
「緑間っち、」
もう大丈夫っスよ。これであんたに、明日をあげられる。
買ってあった誕生日プレゼントは、結局渡せずじまいだけど。
だけど。ないはずだった未来は、もっと価値のあるもののはずだ。俺の未来より、ずっと。
「大好き」

薄れ始める意識の中、軋む身体を無理矢理起こして、俺を抱き起こしてくれた緑間っちに、最後のキス。
「…バカ、黄瀬、」
「……ごめん」
こんな方法しか見当たらなくて、ごめんね。
知ってるんだ。本当は寂しがり屋の緑間っちは、こうしたらきっと悲しむ。彼が死ぬたび、俺が悲しんだみたいに。
だけど、きっと。これから先、色んな人に出会って、好きになる。これから先の未来は、まだまだ長い。
だから、どうか。神様とやらがいるなら。
どうか、彼に幸せを。

そうして、意識が闇に塗りつぶされた。


きみのせかい
(俺の全てを代償にしても、守りたかった)



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