一周年記念企画 | ナノ
 

TAKE10
 

7月7日、真夜中。目が覚めたら、やっぱりここだった。
全部、覚えていた。
最初から、全部。
だから、俺は緑間っちが生きていることにひとまず安堵して、それからこれから起きることに戦慄した。
きっとこの7月7日にも、緑間っちは死んでしまう。
何もしなくても、何かしても。きっと変わらない。だってこれは、夢じゃない。
「…嫌、っス」
頭の中の声に首を振り、天井の写真に目を向ける。
…緑間っちは渡さない。

朝になるのを待って、早川先輩に電話をかける。
「ちょっと体調悪いんで、今日部活休むっス。スマセン」
『夏風邪は本当に馬鹿が引くんだな…いや何でもない。無理(り)しないほうがいいな。監督には言っとく』
相変わらずラ行が言えてない上に一言多い早川先輩に謝って、電話を切る。
勿論仮病だから、何だかんだ言いつつ心配してくれている様子の早川先輩に少し心が痛いけど。
今日だけ、今日だけだから。俺に足掻かせてください。
緑間っちに、明日をプレゼントしたいから。

ヴァイオリンを片手に、東京へと向かう電車に乗る。
おは朝占いはちょうど今頃やっているだろう。
もう結果は知ってる。かに座が最下位で、ラッキーアイテムはヴァイオリン。
これを持っていて、どうにかなるというものでもないけど。
でも、これがなかったら。緑間っちは楽器店へ向かうから。
人事を尽くして天命を待つ。座右の銘の通り、緑間っちは人事を尽くそうとする。
それで、天命を、
……もし、これが天命なら?
ここで緑間っちが死ぬことが、天からの変えられない命令だと、するならば。
「…はは、緑間っちがうつったっスね」
天命なんて、もしあったとするなら、俺が変えてやる。
そんなとき、目的の駅に電車が滑り込んだ。

「黄瀬?何をしているのだよ」
「今日、部活休みになったんスよ。それからこれ、ラッキーアイテム」
ヴァイオリンを押しつけて、お邪魔しますと上がり込む。
一応中に声はかけたけど、誰もいないことは知っている。だって、この前電話で言って…
いや、違う。その電話をしたのは7月6日。つい、昨日のことだ。
ずっと、遠くに感じるけれど。
「そうそう。緑間っち、誕生日っスよね」
「…あ、…おは朝が悪すぎて忘れてたのだよ」
「もー、しっかりしてくださいっス!」
そうだ、しっかりしなきゃ。部活休んでまで、ここに来た意味を全うするために。
「…来るなら事前に連絡するのだよ、バカめ」
来慣れたリビングへと足を向ければ、キッチンでコーヒーを淹れてくれながら、緑間っちは文句を言う。
「ごめん、だって早く会いたかったんスよ」
それに適当に謝りながら、ソファーに腰かけ、後ろ姿を見守った。
付き合う前から、この場所には何度も通った。チームメイトとしても、片想い中も。
このソファーも、この後ろ姿も。緑間っちがこっちに来て、目の前に置かれた黄色のストライプのマグカップも、いつの間にか置かれていた俺専用のそれ。
俺の、大切なもの。絶対に失いたくないもの。
だから、…誰にも、渡さない。

「……ん、あれ…」
しばらくコーヒーを飲みながら他愛ない話をしていたけれど、何しろ恋人同士がふたりきりの家の中だ。
そのうちにまぁ、なんというか。そういう雰囲気になって。
リビングのソファーに押し倒されたのは覚えているけれど、どうやらそこで意識を飛ばしてしまったみたいだ。
目を覚ましたのは、すっかり見慣れてしまった天井が、夕焼けのオレンジに染まった頃だった。
どうやら、意識を失った俺を緑間っちはここまで運んでくれたみたいだ。
後処理もしてくれたみたいで、申し訳なくなる。
「……緑間っち…?」
少し掠れてしまった声で呼ぶが、返事はない。いつもは俺の方が早く目覚めることが多いのに。
見えない緑の髪を探してさ迷った視線が、ベッド脇のテーブルの上のペットボトルをとらえた。
俺の一番好きなミネラルウォーターのそれの横に、走り書きのようなメモが置かれていた。
蓋を開けながら、綺麗な文字に目を通す。
身体の心配と無理させてすまない、との文に苦笑して、次の行で息が止まりそうになる。
『朝から何も食べていないのだろう?近くのコンビニで何か買ってくるのだよ』
優しい気遣いに普段なら俺はバカみたいに喜び、帰ってきた緑間っちに抱きつくくらいはする。
でも、今日は。そんなの良かった。だから、ここにいてほしかったのに。
だって、家にいればきっと、安全なのに。
嫌な想像ばかりが頭を巡る。首を振っても消えない。だって、夢なんかじゃないから。
ベッドから出て、だるい身体を叱咤して畳まれていた服を身につける。
行かなきゃ。このままだと、きっと緑間っちは。
俺の唯一の願いは、叶わない。

たったひとつの願い
(君の未来を守ること)



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