一周年記念企画 | ナノ
 

TAKE09
 

「あ、おい、黄瀬!」
着替えて部室を出ようとしたところで、笠松先輩に呼び止められた。
さっき森山先輩と一緒に来て、アイスを差し入れてくれたんだった。
それも、同じで。
誰にも言えなくて、心の中もすっきりしないまま。
「はいっス。なんスか?笠松先輩」
それでも、ちゃんといつも通りにしなきゃって。
表情を作って、振り向いた。
「校門のところに、あいついたぞ」
「…あいつ?」
首を傾げるその奥で。
俺はもう、気付いている。
「だから、緑間。どうせお前の客だろ」
「…そうっス、ね…」
なんで来てるんスか緑間っち。
家でおとなしく、しててくれればいいのに。
先輩達に挨拶して部室を出ながら、携帯を取り出す。
ブルーのランプが光っている。開かなくても、そのメールの送り主も内容も、とっくに知っている。
もし、思い違いだったら。夢だったらと小さく呟きながら。
結末など、本当はわかっているのに。
校門に向かって、走り出した。

彼は、校門の脇の木に、背中を預けて立っていた。
テーピングを巻いた左手に、今朝のヴァイオリンを持って。
「緑間っち!」
「ん、早かったな。黄瀬」
「先輩に聞いて…どうして、」
「いつもお前が秀徳に来てばかりだし、たまの休みくらい俺が海常に来てみたのだよ」
嫌だったか?と不安そうに聞かれて、慌てて表情を繕って首を振る。
嫌なわけがない。ただ、できれば家にいて欲しかった。
今日は、今日だけは。
「…俺んち、近いんス。行かないっスか?」
「いや、明日は午前中部活なのだよ」
「駅の方向なんスよ。ちょっとだけ、ね」
きっと緑間っちは、立ち話か、公園かマジバにでも入って少し話すくらいのことを望んでこちらに来たのだろう。
でも、これ以上外にいるのは、俺が耐えられなかった。
車を見送るたびに、真っ赤に染まった視界がちらついて。
まだ何か言っている緑間っちを歩道の端に押しやって、強引に車道側に並ぶ。
急かすように右手を彼の左手に絡めれば、真っ赤になる。
…あぁ、愛しい。
やっぱり嘘だ。だって、こんなにかっこよくて可愛くて愛しい俺の緑間っちは、いつもと何ひとつ変わらない。

手を引くようにして、いつもより少し早足で俺の家へと向かう。
「き、黄瀬?何をそんなに急いでいるのだよ?」
その戸惑ったような声に返事をせず、ほとんど小走りと呼べるような歩調で角を曲がる。
ここから少し歩けば俺の家だ。ここならほとんど車通りもない。
俺はようやく安心して手を離し、少し歩みを遅くした。
「…黄瀬?」
「あ、ごめん緑間っち」
困った声に答える余裕もできて、俺は慌てて笑って緑間っちの隣に並んだ。
「…やはり迷惑だったのか?」
「違うっスよー、早く二人になりたかったんス」
ポケットから鍵を取り出す。俺の家はもう、すぐそこ。
だから、気付かなかった。
俺の家の隣の、建設中のマンションから。
音もなく静かに、鉄骨が落下していたことに。

一瞬だった。
前から歩いてきた人が、上を向いて呆けていたから、何事かとふたりで立ち止まって。
上を見上げるのとほとんど同時に、すぐ隣で鈍い音がした。
誰かの悲鳴が響きわたって、つられるように隣に視線を落とせば。
彼が立っていた場所に突き刺さった鉄骨と、足元へと流れてくる赤。
夕焼けに染まった見慣れた道に、何かが揺らめいていた。
暑い日に出る陽炎のようにゆらゆらと。嘘じゃないのだと俺を嘲笑うように。
この運命は、変えられないのだと。

それを最後に、世界が眩んだ。


嘲笑と共に奪い去る
(ほんの僅かな希望さえも)



back 前へ 次へ

 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -