一周年記念企画 | ナノ
 

TAKE08
 

「…あ、早川先輩。おはようございます。今日部活、ちょっと遅れるっス。午後には行くんで」
「は!?何でだコ(ラ)理(り)由を言え!」
ラ行が言えてない文句を聞き流し、一方的に電話を切る。
「一旦シャワー浴びるっスかね…」
なんとなく埃っぽいのは、先程まで物置に籠もっていたからだった。
手には、なんとか見つけたヴァイオリンケース。
…昔、少しだけ習っていた。
数ヶ月で教室の誰よりも上手くなり、飽きてやめてしまったけれど。
もう使わないと思っていたそれが、こんな風に役に立つとは思っていなかった。

やっぱりかに座は最下位で、ラッキーアイテムはこれ。
それを確認して、物置を漁って引っ張り出した。
『人事を尽くして天命を待つ』緑間っちが信仰してやまないおは朝占い。
そのラッキーアイテムを持って行けば、あるいは。
それに、これがあれば緑間っちは楽器店に行かないから、あそこでトラックにはぶつからないだろう。

彼に、7月8日を迎えさせるためなら。
このくらい、なんでもない。

「…黄瀬?」
ドアを開けた緑間っちは、怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたのだよ。部活ではなかったのか?」
「そうなんスけどね。これ、持ってきたんスよ」
手に持ったそれを差し出すと、緑間っちの目が丸くなる。
「お前、それは…」
「えへへ、たまたま見つけたんスよ」
そう言って、笑って。
「誕生日、おめでとうっス」
これできっと大丈夫。そう自分に言い聞かせて、緑間っちにぎゅっと抱きついた。
「ちょ、黄瀬、玄関先なのだよ…!
……でも、ありがとうな」
少し戸惑ったように、それでも回された腕に力が込められて。
耳元で囁かれた声に、涙が溢れそうになる。
「…ごめんっス、緑間っち。誕生日プレゼント、忘れて来ちゃって…明日、持ってくるっスね」
何気ないその言葉が、どれだけ幸せかなんて。
緑間っちはきっと知らないんだろうけど、…一生知らなくて、いいんだ。

体育館に着いたら昼休みの直前で、早川先輩に部室に引きずり込まれてガミガミ怒鳴られた。ラ行言えてないから何言ってるか分からないし。
「大変だな、黄瀬」
昼休みも半分ほど終わってからやっと解放されて体育館に戻れば、昼飯を食っていた同級生に同情の目を向けられた。
「へへへー…」
確かに怒られたのは大変だったけど。
…緑間っちを助けられたから、それでいい。
「そんなお前に、ほら。間違えて買っちまってさ」
「え…」
俺の手に押し付けられた、それ。
彼が飲めないというコーヒー。

…あの、記憶の中で。
……俺が彼に、おごってもらったものだった。

大丈夫だ、大丈夫。
ラッキーアイテムを、今の彼は持っている。
緑間っちは消えたりしない。明日も明後日も、ずっと一緒にいられる。

誰か、そう言ってよ。


確信をください
(嫌な予感を消して)



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