小説 | ナノ


10/09 Happy Birthday!
Atsushi Murasakibara!


(紫黄)

「ハイ、カットー!お疲れ様でしたっ!」
スタッフさんの声に、俺は笑顔で応える。
「涼太、今日はこのあとオフだけど、出かけるならちゃんと変装しろよ?」
「わかってるっスー!」
マネージャーさんの言葉もそこそこに、衣装から私服へと着替える。
ニット帽をかぶって、眼鏡をかけて。
お気に入りのピアスをつけようと鏡を覗くと、緩んだ自分の顔が映っている。
どうやら思っていたより、俺は浮かれているらしかった。

だって今年は、会えないと思ってたから。

支度をすませて携帯を開くと、メールが一件入っていた。
『場所分かる?迎え行こうか?』
届いた時間は少し前。休憩時間にでも送ってきたんだろう。
大丈夫っスよ、と返信しようかと思ったが、おそらく今は練習中だろう。
携帯の時計を見ると、教えてもらった部活終了時刻までは一時間ほど。
その上に表示されている日付を指でそっとなぞり、携帯を閉じると、俺は立ち上がった。

少し迷いながらも、なんとか陽泉高校へと辿り着く。
大体予定通りの時間だ。
「ここが紫原っちの学校かぁ…」
黒子っちの学校もだけど、ここも綺麗な校舎だ。
そろそろ出てくるだろう彼を待つべく、校門に寄りかかった。

今年は、会えないと思っていた。
恋人の紫原っちは、遠く離れた秋田へと進学した。
練習試合や遠征で近くに行ったら会うけれど、そんな機会がそうあるわけじゃない。
俺の誕生日には運よく当日に会えた。けれど、今日はそんな予定はなくて。
10月9日。今日、秋田でバラエティーのロケがなければ、きっと会えないまま過ごしてた。
マネージャーさんに感謝だ。

「……くしゅんっ」
そこまで回想したところで、自分のくしゃみに思考を中断された。
まだ10月とはいえ、神奈川とは違い東北はやっぱり寒い。
かじかんだ指先に息を吹きかけ、身体を震わせる。
「紫原っちー…まだっスかー…」
このままだと確実に風邪を引く。
もう一度くしゃみをして鼻をすすり、温かい飲み物でも買おうかと考える。
もう来るかもだけど、でも寒いし…。

「…黄瀬ちん?」
やっぱり買いに行こうか、と校舎に背を向け、歩き出した途端にかかった声。
直接聞くのは、インターハイのとき以来だろうか。
同じクラスだった中学時代は、毎日聞いていた声。
それが妙に懐かしく感じて、少しだけ泣きそうになりながら振り返る。
少し背が伸びたかな。髪も伸びてる。
「黄瀬ちんだぁ。久しぶり」
あぁ、だけど紫原っちだ。抱きしめてくれる腕も、耳元で呼ばれる名前もそのまま。
今日この日、ひとつ大人になった、俺の大切な人。

「あーもう冷たい!黄瀬ちん、いつからいたの?」
「え?あー、20分くらい前っス」
「もー、寒かったでしょ?もっとあったかいかっこしないからー…」
唇を尖らせながら紫原っちはバッグを開けて、ジャージを出して肩にかけてくれる。
紫原っちの、少し甘い匂いがする。
あんなに寒かったのに、すごく温かく感じるから不思議だ。
だいぶ余っている袖のところに顔をうずめていると、黄瀬ちん?と呼ばれた。
「汗臭い?」
「え?いや、そんなことないっス」
「そ?ならいいけど。それよりそろそろ行かない?寒いし、みんな来るよ」
「そっスね」
冷たくなってしまった手を、紫原っちはぎゅっと握ってくれる。
「とりあえずどっか入って、あったかいものでも飲も?風邪引いちゃう」
握られたまま、ポケットに入れられた手が温かい。
わずかに熱くなる頬を、空いた方の手でそっと撫でて、紫原っちは俺を引っ張るように歩き出した。

近くにあった喫茶店に入って、一番奥の席に座る。
慣れた様子でメニューを開く紫原っち。
「オシャレな店っスね」
いかにもカップルとかで来そうな、大人の空間という場所が、紫原っちには少し違和感。
いや浮気とか、別に疑ってないけど。
「そーでしょー?室ちんが彼女とよく来るって言ってて、黄瀬ちんと来たいと思ってたんだ」
「…へー、氷室さんが…」
どこか謎めいた紫原っちの先輩のことを考えながら紫原っちを見れば、なぜかにこにこと楽しそうに微笑んでいる。
「黄瀬ちんヤキモチ?うれしいなー」
「ちょ、恥ずかしいっスよ!やめてっス!」
「真っ赤になっちゃって、かわいいなー黄瀬ちん」
「もー!早く注文するっス!」
「あ、ここミルクティーおいしいって」
そう言われたのでミルクティーと、紫原っちはタルトを注文して、他愛ない話をしながら品物が来るのを待った。

「…紫原っち、」
「んー?」
さすが氷室さん、ミルクティーは言われたとおりおいしい。
それを飲んでいる途中、ようやく今日の目的を思い出した俺は、フルーツが盛られたタルトを頬張る紫原っちに声をかける。
「誕生日、おめでとうっス」
「……いまそれ言う?」
「す、スマセンっス…」
「まー、いいけどさ」
「あ、そっス。プレゼントあるんスよ!」
バッグを開けようとすると、手を掴まれた。
「いいよ、それは後で。それよりミルクティー、ちょうだい?」
「え、あぁ、いいっスよ」
ティーカップを寄せると、そうじゃないって言われて。
「俺が欲しいのは、こっち」
…唇が、重なった。

「へ?へ!?」
「うん、さすが室ちん。おいしー」
勝手に沸騰する俺の前で、紫原っちはいたずらっぽく唇を舐めた。
幸い客はそれほど入っていなくて、奥の席だったおかげで見られはしなかったみたいだけど。
「黄瀬ちん、あまいー」
…そんなこと、言われたら。
我慢、できなくなる。

もう一回唇を重ねたら、紫原っちも甘い味がした。


Milktea Kiss
(甘くて、優しくて、あったかくて)

20121009

むっくんめでてぇ!



[back]