小説 | ナノ


(心菜様へ/榛準)


「…準さん?今日は風邪で休みだけどぉ。つーか榛名何でいるのさ」
ふわふわ頭のやたらデカい準太の後輩は、いつまで経っても敬語を覚えない生意気な口調で言った。
…ただし、それを咎めている余裕は、今の俺にはないんだけれども。

久しぶりのオフで、偶然にも桐青も午前中練習だけで。
ちょうど観たいと言い合っていた映画が公開したばかりだったから、昼過ぎに駅前で待ち合わせをした。
…だけど、待ちきれなくて。
気付いたら桐青に向かってチャリを飛ばしていた。
…そうして野球部グラウンドを覗くと、そこに見慣れた姿はなくて。
不審者のように怪しく覗いていたら、この金髪捕手がやって来たのだ。
準太は、と尋ねた俺に返されたのが、冒頭の言葉である。

「…あっ、ちょっと待ってよ榛名!準さんに榛名には言うなって言われてるんだからぁ!」
「うっせぇ待てるか!」
準太がいないこの場所に用などない。
チャリに飛び乗り、もと来た道を疾走する。
こんなことなら準太んち寄るか連絡してから来るんだった…。

切れた息を整えながら、チャイムを押す。
『はい、高瀬です』
インターホンから聞こえた声は、聞き慣れたそれより少し掠れていて、なんかすごく心配になった。
「…あ、準太?…俺だけど」
『……榛名?お前、何で…』
そこまでしゃべった声が、こほこほと咳に飲み込まれてしまう。
「おい、大丈夫かよ?開けろ」
『…げほ、ん…悪い、ちょっと待って』
インターホンが切れてからしばらくして、玄関が開いた。
「…利央だろ。あいつ…」
やっぱり掠れた声と、赤く染まった頬。
寒いのだろうか、身体に毛布を巻き付けている。
…辛そうな恋人を前に、不謹慎だとはわかっていながら。
……正直、すげー押し倒したい。
「…大丈夫か?」
「大丈夫だよ、大したことない。利央が大げさなんだよ…部活だって出れたのに」
そんなエロい顔で部活なんか出れるか。…じゃなくて。
おでこに手を当ててみると、若干とはいえ体温は確実に普段より上がっているようだ。
「…熱あんじゃん。無理すんなよ」
「……こんなの、平気だし…っ」
ふらふらと揺れる身体を咄嗟に受け止めると、準太は気まずそうに目を逸らす。
「どこが大丈夫だよ。とりあえずお前寝てろ」
「…ん」

「……ごめん」
時々ふらふら揺れる準太を支えながら部屋に連れて行き、ベッドに寝かせると、小さな声でそう謝られた。
「ん?どした?」
「…久しぶりの休みなのに、ごめん。…ちゃんと午後までには治すから」
おまえ、映画たのしみにしてただろ。
そう言って、数回小さく咳をして、寝返りを打った。
少し潤んだ瞳があちらを向いてしまったのを少し寂しく感じながら、小さな声で準太、と呼んだ。
身体に響かないように、という配慮だったのだが、思ったより弱々しく聞こえたのか、準太が振り向いた。
少し不安げな顔で、はるな、と呟く。
…なんだこのかわいい生き物は。
「いいよ、映画なんか今度で。家にいようぜ。悪化したら大変だし」
次の休みに観てもいいし。
この映画は終わってしまうかもしれないが、そうしたらDVDを借りてきて家で観てもいいかもしれない。
「でも、…俺風邪だし。…その、うつるし、…できないから」
「…お前、俺がそういうことしに来たと思ってんのかよ」
病人に負担をかける趣味はない。
準太は確かに普段の三割増でかわいいが、我慢だ榛名元希。
「いいからおとなしく寝てろって」
「…うん。…榛名、つまんないだろ?…別に帰ってもいいから、うん」
「あのなぁ…」
もう少し、信じてくれてもいいんじゃないだろうか。
「あのな、準太」
口にすると、きっとうつるって言うから。
俺は構わないけど、準太が気にするから。
だから、おでこにキスをひとつ落として。
「俺は、お前がいない休日とかいらねーし」
頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
…こいつを置いて帰って、何をしろって言うんだろう。
「ここにいるから、早く元気になれ」
「……榛名、やっぱり俺お前のこと好きだ」
「やめろ我慢できないだろ!」
不意打ちで言わないでください、と赤くなり始めたのがわかる頬を押さえながら抗議すると、準太は涼しい顔で目を閉じてしまう。
「準太ー…」
すぐに眠ってしまったのか、寝息が聞こえてくる。
「…こんくらいなら、…許せよな」
その唇を一瞬塞いだのは、きっと俺だけの秘密。

映画観に行くとか、いわゆる恋人同士の営みをするとか。
そんなのなくっても、ちゃんと。
これだってちゃんと、俺とお前のラブストーリーだろ?


これもひとつのラブストーリー
(だってお前がいるんだから)

20120707

看 病 し ろ 。
心菜様に捧げます。
榛名さんがリンゴ剥いたりお粥作ったりしているのも萌えますなーとかほのぼのしてたのがどうしてこうなった。
ごめんなさい…。



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