小説 | ナノ


(利準)


「…準さん、寝坊してないかなぁ」
朝、目が覚めて、真っ先に思い浮かぶのはもちろん、大好きな先輩。
朝は少し苦手なあの人だから、少しだけ心配。
「…あれ、利央。早いじゃない」
欠伸をしながら階段を下りて台所に行くと、母さんはまだ起きてきたばかりらしく、不思議そうに目をぱちくりさせている。
それと、カレンダーの日付を見て、俺はようやく、今日からテスト前で部活が休みになることを思い出した。
目は冴えてしまって、もう二度寝をしようとも思えない。
洗面所に行って顔を洗っていると、前髪が少し伸びてきていた。
時間もあるし、と俺は髪切り用のハサミを棚から出した。
切りすぎないように、慎重にハサミを動かす。
…準さんが、気付いてくれるかなと考えながら。

跳ねる髪を少しだけ撫でつけて、制服もいつもより少し綺麗に着て。
…ちょっとだけ。
準さんに、ふさわしい男になれただろうかと考える。
…もちろん実際は、そんなことないんだろうけど。

「…あちゃー…」
天気予報は大外れで、午後から雨が降り出した。
それは帰るときまで止むことはなくて、下駄箱でため息をつく。
カバンに入れっぱなしだった兄ちゃんの折り畳み傘は、あまり嬉しくない。
…これがなければ、準さんの傘に、入れてもらえたかもしれないのに。
……帰って勉強でもしようかな。

そう思って開いた傘が、誰かに後ろから掴まれた。
「…しょうがねーから入ってやるよ、バカ犬」
振り向くと、焦がれてやまないその人が、ふわりと笑った。

「準さん傘忘れたのぉ?」
「うるせぇ、忘れてねーよ持ってこなかっただけだ!」
「風邪引くよ?」
「…だから入ってやるんだよ、理解しろバカ利央」
普段は自転車だけど、テストの時には俺も準さんも電車だ。
駅についたら、反対側のホームだから。

時が止まればいいと、そう、思うのに。
はんぶんこの傘の下、高鳴る胸を押さえながらそう考えた。
だってこんな、手の届きそうな距離に。
大好きな、ひとがいる。

「…おい利央?聞いてんのか?」
「ふぇっ!?何!?」
「だーかーら、勉強!」
教えてやろうか、と。

妖艶に微笑んだそのひとを、抱きしめたくなったのは。
たぶんずっと、俺だけの秘密。

「…うん!よろしく!」
「よし、お前んち行くから食いもん出せよ!」
泣きそうなくらい、死にそうなくらい。
準さんが、大好きだとまた、そう思った。



(恋に落ちる音が止まない)

20120602


相合い傘すきなんです。
両片想いな新メオト…のつもりだけど利央←準太の描写がないからわからないね!



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