小説 | ナノ


(木黄)


昨日は、東京のスタジオで撮影だった。
学校を早退して電車に乗ってきた時には晴れていたのに、撮影を終えてスタジオを出たら大雨が降っていて、神奈川方面の電車は止まっていて。
仕方なく実家に泊まって、そうしたら。
…寝過ごした。

「ヤバいヤバい…絶対笠松先輩にシバかれる…」
昨日の雨で出来た水たまりをよけて、近所のバス停に向かう。
次のバスに乗らないと朝練に遅刻は決定だし、学校に間に合うかすら危うい。
目の前を見ると、大きな水たまり。
足元は、この間買ったばかりのスニーカー。
お気に入りのそれを汚さないよう、足元を見て思いっきり跳んだ。
「うおっ!?」
「わっ、」
気付けば目の前に、大きな背中があった。
一瞬がスローモーションのように感じて、俺はその背中にぶつかった。
水しぶきが上がる。
片手に持っていたバッグが、地面に転がる。

「何だー?」
「え、あっ、すいませんすいません!」
俺よりだいぶ高い身長に恐れをなして、青峰っちの学校の人みたいにぺこぺこと謝る。
「前見て走れよー…ん?黄瀬?」
「…え?…あ、黒子っちの、」
呼ばれた名前に顔を見上げたら、見たことがある瞳と目が合った。
誠凛のセンター、木吉鉄平。
黒子っちの今のチームメイトであるだけでなく、中学の頃にも何回か会ったことがある。
紫原っちがやたら敵視してたような気がする。
「あれ、お前この辺だったの?近所?」
「あ、…ここまっすぐ行くと実家っス」
「帝光だもんなー」
目を合わせると、顔が熱くなる気がする。
波打つ雲をバックに、高い位置にあるその笑顔が、太陽のように眩しい。
…なんて、そんなの。
感じるはずがないのに。

「…あっ、やべ!バス!」
そう行ってくるりと振り返ったその大きな背中。
思わず、シャツを引っ張っていた。
「ん?…あぁ、バッグか」
振り向いて首を傾げたその人は、足元に転がっているバッグを拾ってくれた。
「濡れてねーみたいだな、…黄瀬?」
「あ、すいません…」
そんな、バッグ渡されるだけで舞い上がるなんて。
落ち着け、俺!

「…黄瀬」
名前が呼ばれる。
ヤバい、気付かれた?
この、胸に生まれた気持ちを。
「…バス、行っちまった」
指差した先に、停留所からバスが走っていく。
「…リコにシバかれる…」
「……あ、俺も、笠松先輩…」
「笠松さん怖そうだもんな、なんかごめんな」
「え?いや、むしろ木吉さんこそ、俺のせいで。…靴も、」
気まずくなって視線を逸らしたら、びしょ濡れの靴が視界に入ってきた。
「靴?…あぁっ、これ買ったばっかなのに!」
木吉さんは、視線を落として黙り込む。
…怒ってしまっただろうか。
舞い上がっていた気持ちがしゅるしゅると萎んでいく。
「…まぁ、気にすんなよ。別にお前のせいじゃない」
ぽん、と。
俯いていた俺の頭に、大きな手が乗せられた。
…やられた。
見上げた顔は、笑顔で。
呼吸が、止まる。
世界がスローモーションになる。

「まぁ、とりあえず…次のバス、待つか」
まっすぐに、その目を見つめて。
「はい!」
不釣り合いなほど元気な、俺の返事が青空に響いた。


その一秒 スローモーション
(これはきっと、恋なんでしょう)

20120528


たまには爽やかな感じで。
木吉×黄瀬とか需要あるのか…?



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