小説 | ナノ


(紫黄)


「大事にするよ、黄瀬ちん」
はじまりは、帝光バスケ部の夏合宿。
溶けてしまいそうなほど暑い、泊まった民宿の裏庭で。
俺と紫原っちは、はじめのキスを交わした。

…最近、思う。
あれは最初から、蜃気楼だったんじゃないかって。
「好きだよ、黄瀬ちん」
だって、紫原っちは嘘つきだから。

…知ってるんだ。
紫原っちが、あの子を見てること。

「紫原っち」
「ん?」
少し前を歩いていた紫原っちは、俺の声に振り向く。
「…俺のこと、好きっスか?」
そう問うと、紫原っちは俺と目線を合わせて優しく微笑む。
道の真ん中だというのに、ぎゅっと抱き締めてくれる。
「もちろん。黄瀬ちんがいちばん、大好きだよ」
簡単にそんな嘘を紡いだ唇を、そっと重ねてきた。

蝉の声が、うるさい。
「黄瀬ちん。…涼太」
その声が、俺のことを呼ぶたびに。
あの子の影が、ちらつく。
…ここにいるのが俺じゃなくてあの子でも、紫原っちはきっと、同じことをする。

…このまま一緒にいたら。
俺はたぶん、真っ赤なあの夏から出られない。
もう決して戻らない、あの日に。
それなら、もう。

「…紫原っち」
「どうしたの?」
手を繋いで歩く。
俺達の他には誰もいない道で、まるでパレードでもしているかのように。
「俺も、好きっス。紫原っちがいちばん」
俺の言葉に、紫原っちは微笑んだ。
返事を紡ごうとする紫原っちを遮るように、言葉を続ける。
「だから、」
俺の前から、消え失せて。

…やっぱり嘘つきは、俺のほうかもしれない。
だって本当は、こんなにも。
ずっと一緒にいたいって、思ってるのに。

気付けば立ち尽くしたままで、陽はとっくに落ちて蝉の声も止んでいた。
紫原っちは、もういない。
目を閉じれば、思い出がひとつひとつ、鮮明なままで流れていくのに。

からっぽになった右手が、妙に冷たく感じた。


つきのパレード
(失えば終わりだってわかってたのに)


20120521

『あの子』は誰でもいいです。
紫原っちは黄瀬一筋。
あの子を見てる、なんて全部、黄瀬の妄想なのに。



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