小説 | ナノ


(榛準)


「俺、東京行くんだ」

榛名からそう聞いたのは、最後の夏大の後だった。
榛名の夢は、プロ野球選手。
そんなの、ずっと前から知ってたこと。
もちろんそれだけの実力があるのも知ってる。
…でも、俺はどこかで思ってた。
榛名がずっと、近くにいるんじゃないかって。

「高瀬は?進路」
「俺は進学。推薦もらえるだろうし」
準決勝の舞台で、榛名の武蔵野に負けた。
最初からいいピッチングができたし、後悔はあまりない。
俺が地元の大学の名前を挙げると、榛名は小さく頷いた。
「そこって、和さん?の大学だろ?お前まだ追っかけてたのかよ」
ホント好きなんだなー、なんて感心したように呟いている。
…確かにその大学を目指すのは、和さんともう一度野球をするため。
でも、お前は知らない。
…俺が、榛名元希という人間に惹かれていること。
言ってないんだから当たり前だ。
鈍感な榛名に気付いてほしいなんて、ただのわがままだ。
ましてや、応えてほしい、なんて。

綺麗な瞳は、将来を見据えて。
弾んだ声は、希望に満ちて。
…その未来に、俺はいないんだろうな。
俺と榛名は、友達ですらない。
たまたま同じ県にある高校の投手、それだけ。
今日、初めてしゃべったようなものだ。
甲子園出場を決め、取材を終えた榛名が、たまたま利央を待っていた俺に話しかけてきた。
『お前、高瀬だろ?桐青の』
それからなんとなく、流れで近くのファミレスに入ってしゃべってる。
和さんや利央の話をして、武蔵野やタカヤとやらの話を聞いて。
試合で疲れてるはずの榛名が、何で俺に声をかけたのか、なんてわからないけど。
…それでも、嬉しかった。

俺が榛名に惹かれたのは、いつだったっけ。
そんなに前のことでもないのに、ずっと昔みたいな気がする。
速くて綺麗な球に、まっすぐな瞳に、よく通る声に、惹かれた。
いつの間にか、榛名しか見えてなかった。
男同士で、ライバルで。
気持ちを伝えようなんて思わないけれど。
でも、俺のことなんかすぐ忘れるであろう目の前の榛名を見てると。
無性に、泣きたくなった。

「……高瀬?おーい?」
「ん?…あー、ぼーっとしてた、悪い」
ふと我に返ると、榛名が顔を近付けてきていて、不覚にもドキッとした。
溢れそうになる涙をこらえて、笑顔を作る。
きっともう、会うことはないんだろう。
すぐ、忘れられてしまうんだろう。
…でも、せめて。
笑った顔で、片想いを終わらせたいから。
「で、何?」
「だからアドレス!引退するわけだし、俺もお前も暇になるだろ?遊ぼうぜ」
「あのな…お前はともかく、俺は大学行くんだけど」
「推薦狙うんだろ」
「…選択肢は多い方がいいって、和さん言ってたし」
「いいじゃんちょっとくらい!」
…榛名は何を考えているんだろう。
俺とお友達にでもなるつもりか。
俺はお断りだ。
…そんなことをしたら、ずっと榛名を好きなままだ。
……でも。
結局携帯を差し出してしまうのは、少しでも榛名と一緒にいたいから。
「なんだっけ、下の名前」
「準太だけど」
「じゅんた、と。俺は…」
「榛名元希だろ、知ってるよ」
そっか、なんて榛名はニカッと笑う。
胸が、くるしくなる。
マウンドで見せるその表情を、ずっと近くで見たかった。
……だけど、俺はわがままだ。
向けてもらえたその笑顔を、今度は、
──独占したいと思ってる。

榛名とメールをして、電話をして、時々会って。
そんな日々が巡る。
秋大を見に行って、たまに勉強もちょっとして。
行きたかった大学の推薦ももらえそうで。
幸せだと思う。
生活の中心で、…唯一の榛名との繋がりだった野球部を引退しても、虚しくならないほどに。
榛名とバッティングセンターに行って、キャッチボールするだけで満足できるほどに。
幸せだったと、思う。
だけど、季節は止まらない。
幸せな時は、あっという間だ。
……あっという間に、榛名が発つ日がやってきた。


next



[back]