小説 | ナノ


(黒→←黄)


「黒子っち!お待たせっス!」
帝光中学のバスケ部は強豪なだけあって、練習時間も長い。
その後、今日は片付けの当番だった黄瀬君を待っていたら、すっかり日が落ちてしまった。
「結構、時間かかりましたね」
「…あー、後輩の子に待ち伏せされてて」
「もういいです」
「聞かないんスか!?」
聞きたくなんかない。
黄瀬君を好きな、女の子の話なんて。
…彼が、僕だけのものならいいのに。
「早く帰りましょう」
読んでいた本を閉じて、鞄にしまう。
「ハイっス」
たまたま家の方向が同じだから、という理由で一緒に帰り始めた僕達。
…少なくとも、彼はそう思ってる。
それだけの理由でわざわざ待つほど、僕はお人好しなんかじゃないのに。
「何読んでたんスか?」
「…漱石、です」
「ソーセキ?」
「夏目漱石です。知らないですか?」
「あー!吾輩は犬である!」
「猫です」
…犬みたいなのは、黄瀬君の方だ。
『黒子っちがいちばん好きっスよ』
人懐っこい笑顔で、そんなことを言う。
…その意味は、僕の求めているものとは違うのに。

部室を出る。
外はすっかり真っ暗で、満月が近いのか丸に近い満ちた月が出ていた。
ふと、先程まで読んでいた小説の作者のことを思い出した。
(夏目漱石は、I love youを『月が綺麗ですね』と訳したんでしたっけ)
「…黄瀬君」
「ん?」
「月が、綺麗ですね」

黄瀬君の目を見ることはできなかった。
声は震えていなかっただろうか。
…変な風に、聞こえはしなかっただろうか。

「え?どうしたんスか急に。確かに綺麗っスね」
黄瀬君は、首を傾げてそう言っただけだった。

伝わるなんて、端から思っていなかった。
鈍感な彼には、ストレートに言わなきゃ伝わらない。
わかっていることなのに。
…僕は、臆病だ。


伝わらない告白
(だから、聞こえなかった)
(別れ際、彼が何と言ったのか)


20120428


黄瀬視点



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