小説 | ナノ


(青黄/未来パロ)


『おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか──…』
電話の向こうの声は、青峰っちではなく無機質な女性のそれ。
留守電に切り替わった電話を切り、携帯の画面に目を落とす。
時刻は、9時を少し回ったところ。
…青峰っちの会社は、とっくに終わってる時間だ。

中学時代、バスケ部のチームメイトだった俺と青峰っち。
付き合い始めたのは、確か高2の終わり頃。
東京での仕事の帰り、青峰っちと街で偶然会って。
その時、青峰っちは彼女にふられたばっかりで。
『じゃあ、黄瀬が慰めろよ』
そこから始まった、この不毛な関係。
…きっと青峰っちは、最初から誰でも良かった。
たまたまそこにいたのが俺で。
…たまたま、俺が青峰っちを好きだったから。

高校を卒業して、同じ大学に進んで。
アパートを借りて、同棲を始めて。
青峰っちに言われて、モデルも辞めた。
俺のことなんか好きじゃないくせに、青峰っちは俺を独占したがった。

大学を卒業すると、青峰っちは近くの会社に就職した。
実業団でバスケも続けている。
そして俺は、家から一歩も出ず、青峰っちを待つだけになった。

…それから、幾らも経たない頃だった。
会社が終わると必ず来ていたメールが途絶えて。
電話が繋がらなくなって。
休日も出勤だと言って出かけるようになって。
帰りが遅くなって。
身体を重ねることもなくなって。
長い髪や香水の匂いを連れて帰ってくるようになって。

…わかってることだ。
青峰っちは俺を好きじゃない。
そんなのこれから、ずっと変わらない。
俺も正直、疲れているんだ。
何も分からない子供じゃないんだ。
離れれば、いいだけ。
模倣能力は健在だから、いくらでも生きていける。
ここを出ればいい。
青峰っちの独占欲は、今では惰性。
その証拠に俺は、拘束されているわけでもない。
いつでも外に出られる。

「そろそろ寝るッスかね…」
独り呟いて、広いダブルベッドに横になる。
そして今夜も、決意する。
…朝まで青峰っちが帰って来なかったら、ここを出て行こうと。

パタン、とドアの閉まる音。
浅いまどろみは簡単に醒め、暗闇の中で身体を起こす。
枕元の夜光時計の表示は、午前3時過ぎ。
…いつもの時間だ。
……青峰っちは、絶対に外泊しない。

寝室のドアが開く。
アルコールの臭いに混じって香る、いつもの女物の香水。
彼は、最低なんだと思う。
だけど、
「ただいま、黄瀬」
その声はどうしようもなく、優しすぎて。
頭を撫でてくれる手が、愛おしすぎて。

青峰っちは俺の身体を拘束しない。
だって、ずるい彼は知ってる。
この、唯一優しい午前3時の自分が、俺を麻痺させることを。

27時の憂鬱
(今日も君から逃げられない)


20120324

title by リッタ



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