小説 | ナノ


(榛準)


最初から、わかっていたことだった。
この関係に、永遠など存在しない。
俺達は、一緒にいるにはあまりにも近すぎた。
性別も、年齢も、ポジションも。
――その一つでも違えば、共にあることもできたかもしれないけれど。
あるいはもっともっと近く、同じ人間であったなら。
…でも、俺は高瀬準太で。
アイツは榛名元希で。
だから俺達は出会ったし、好き合った。
手を繋いで、抱き合って、キスしてそれ以上のこともして。
くだらないことで喧嘩して、笑い合った。
――そして、ここで二人の道が分かれる。

「お前ら相手どこだっけ」
「タカヤんとこ」
「…西浦か。あっこはつえーぞ」
「知ってる。…お前らはARCと同じ山だっけ」
「当たんの準決だけどな」
榛名とはじめてキスした公園。
このベンチでいつも、たくさんのことを話した。
…とは言っても俺も榛名も野球バカだから、話題なんかほとんど野球のことばかり。
…それが、さよならの直前であっても。

「うちと桐青、いつ当たんだっけ」
「決勝。利央が『榛名のストレート打ってやるーっ』って息巻いてた」
「仲沢、相変わらずナッマイキだなー」
ケラケラと榛名が笑う。
ずっと憧れて焦がれた、大好きだった笑顔。
…今でも大好きな、その笑顔。
……これからもずっと、手の届かないところで輝き続ける。

その時、不意に携帯が鳴った。
静かな空間に、軽快な電子音。
あらかじめセットしておいたアラーム。
……タイムリミットだ。

「…時間、か」
「…あぁ」
ベンチから立ち上がる。
…向き合う。
その左手が、俺の右手をそっと掴んだ。

「…準太。準太じゅんた」
「…んだよ、榛名」
「や。…もー呼べない、だろ?」
「……やめろ」
そんな切ないことを今言うのは反則だ。
…涙を溢れさせるには、まだ早すぎるのに。
「なんだよ。泣けよ」
もう、お前の涙も、さいごなんだよ。

そう言った榛名の泣き顔も、きっと最後。

黙って涙を流す俺を、榛名はそっと胸に抱き寄せた。
…この匂いも、腕も、声も。
きっと全部、もう終わり。
――いつの間にか薄れていく。
忘れたくなくても、忘れなくてはいけない。

「…なぁ、準太…また会えたら、さ」
わずかに震える榛名の声。
…今だけは、俺のものだ。
……今を過ぎれば、違うけれど。
「またこうやって…二人きりで会えたら、」
俺達、戻れるかな。

「…あぁ」

…ありえないことだ。
ちゃんとわかってる。
俺も榛名も戻らない。
戻るつもりなんてない。
どんな奇跡よりもありえないこと。
……だけど、そんなゼロに近い奇跡が起きてほしいって。
願うくらいなら、許されますか?

「…大好きだった。準太のこと、ほんとに」
「…わかってる。俺も榛名が好きだった」
…あえて過去形で、今も胸の真ん中にあるこの想いを語る。
それを、未来への希望と繋げてしまったなら。
――離せなくなる。
温かくて優しいこの手を、もうきっと離せない。

…どのくらい、そうして見つめ合っただろう。
一瞬手が離され、…唇が触れる。
一瞬、触れるだけのキス。
…この唇の感触も最後。

「次は決勝か」
「そうだな。負けねーよ」
「俺だって」
「お前はそもそも阿部達に勝てよ」
「お前こそARCに勝てよな」
「…甲子園行きてー」
「行きてーなー」
「榛名はやっぱ直でプロ?」
「おー。準太は?お前もなろうと思えばなれるだろ」
「や、俺はなー…」

…やっぱり、もう一回。
耳元の声と、唇にもう一度温かさ。

…やっぱり、忘れることなんかできそうにない。
榛名の目もそう言っている。
俺達はきっと、ずっとお互いに焦がれ続ける。
ここで分かれて、二度と交わることのない、それぞれの世界の中で。

「――じゃあな、準太」
「おー。――さよなら、榛名」
これがきっと最善。
そう信じた。だから別れる。

――そっと離れる、大好きな手。
そうして俺達は、歩き始めた。


ここでオシマイ。
(それぞれの未来には)
(お互いは存在しないから)



20120105



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