小説 | ナノ


(灯子様へ/榛準)


『準太、助けて…』
いつになく弱々しい声で、電話の向こうの榛名が言った。
テストが明後日。
部活がオフでわりと体力が余っている俺を家から飛び出させるには充分な理由だった。

怪我か?病気か?
あいつがあんなに弱るなんて。
今日はご両親もお姉さんも遅い曜日らしいし、一人なんだろうな。
チャリで15分の道を飛ばして10分で到着し、もらった合鍵でドアを開ける。
エレベーターを待つのも億劫で、階段で駆け上がった。

「…準太!?お前、なんでそんな息切れ…」
「大丈夫か、榛名!」
見た感じ、情けない表情以外は普段通りだ。
額に手を伸ばしてみたけど、熱があるわけでもなさそうだ。
段々と冷静になりはじめた頭。
「……何が大変なんだ」
「…そうだ!準太、助けてほしい!」
「だから何が?」
「……追試…」
「へ?」
「俺ら、テスト先週だったじゃん?」
「あぁ」
「……物理…赤点だった…」
「………はぁ!?」
物理って…俺がどれだけ教えてやったと思ってるんだ。
「数学はいいんだ、秋丸がいるから」
数学も俺が教えてやったんだけど。
「でもあのメガネ、文系だから物理選択してねぇんだよ…!」
「……榛名、何で俺が教えてやった科目だけ赤点?」
「仕方ねぇだろ!準太が横で教えてくれてるんだから!」
「……もういい。で、追試っていつだよ?」
「明日。受かんないと、宮下先輩…うちのマネジに殺される…」
思い出したのか、榛名はがくがくと身震いした。
「とりあえず、教えてやるから入れろ」
「…俺、準太のそういうとこ大好きだわ」
「ご近所さんに聞かれるぞ」
「見せつけてんだよ。未来の嫁を」
「…それ以上言うなら帰る。思う存分マネジさんに殺されろ」
「うわぁぁ準太の鬼ぃぃ!」
勝手に言ってろ。
それでも上がり込んでしまったのは、次のオフが補習で丸々潰れるというデート中止のお知らせを聞いてしまったからだ。
…こうなったら、絶対クリアさせて次のデートで超奢らせてやる。

「9点って…オイ」
一桁。まさかの一桁。
教えた身としては泣きたい。
「追試で70点以上取らないと補習なんだ。頼むよ準太愛してる」
「愛を囁くとかはホントいいから早くノート開けバカ」
白い部分が圧倒的に多い榛名のノート。
余白の部分に公式やらポイントやらを書き込んでいく。
…口で説明しても聞かねーからな。

「…で、この公式でこれ解けるから」
「へー、すげー」
「普通だろ、こんくらい。ほらこっち解いてみ…って何してんだバカ榛名!」
気づいたら、向かいに座ってたはずの榛名が隣に移動していた。
その手が俺の腰に回る。
「ちょ、どこ触って…」
「んー、いい匂い。準太風呂上がり?」
「そうだけど」
「まだ夜は冷えるんだから、こんな格好で来て風邪引いたらどうすんだよ」
「誰のせいだ誰の」
「あは、俺」

わり、準太、
我慢できねぇ。

甘く優しい囁きと共に、視界が榛名でいっぱいになる。

「ちょ、榛名、」
「大体最初っから無理だって!我慢とかどんな拷問だ」
「勉強、」
「お前に会えないなんてありえねぇもん。100点取ってやる」
「…知らねぇかんな」

その唇に、見上げてキスひとつ。
明日の朝練とか榛名の追試とか、全部あとで考えればいいや。

honey
(今だけはこの甘さで)


20111231

灯子様へ。遅くなりました!
ツンデレとかお部屋デートとか絶対はき違えてる希ガス。



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