小説 | ナノ


(本山ノ井/パロ)


忘れんなよ。

そう言うと、裕史は一瞬だけ真顔になる。
そして、すぐに笑顔に戻る。
「忘れないよ。山ちゃんだけは忘れたくない」
そんな風に言って、静かに口づけをひとつ。

いつからだろう。
裕史が俺の前で作り笑いをするようになったのは。
あの頃…共にグラウンドに立っていた頃の、あの笑顔はもうない。
…笑い方まで、忘れてしまったのだろうか。
次々と裕史の記憶を奪っていく神様は、ついに笑顔まで奪ってしまったのだろうか。

それでも、俺は気付かないふりをして裕史に笑いかける。
偽りだらけの笑い合い。
…生温い。
……でも、俺の安心だって、負けないくらい生温いんだ。

「山ちゃん」

その声は、俺の名前を忘れない。
ほとんどを失くしても、裕史は俺を忘れないでいてくれる。
そんなことに安心する。…いつまでつづくかわからないのに。

最近想像することが増えてきた。
『…だれ?』
最悪の結末。
夢に見て飛び起きて、不安に駆られてここまで走って。
ドアを開けて、まだ大丈夫だと安堵して。
不安、安堵、不安、また安堵。繰り返し、堂々巡り。
…壊れてしまいそうだ。
……いや、きっと、もうすでに。

でも、夢と同じ結末が、ドアの向こうに現れるまで、俺は繰り返すのだろう。
…いや、その先もきっと、ずっと。

失くしても、
(大丈夫、俺が持ってるから)

20111102



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