小説 | ナノ


(青黄)


潮時だと、そう思った。
中学の卒業式で告白してから、ちょうど六年。
…そう、六年も。青峰っちは、俺の恋人でいてくれた。
だから、もう。解放してあげなくちゃ。
俺は今まで、ずっと幸せだったんだから。

大学三年生。就活生と呼ばれ始める時期だ。
就職難のこのご時世、当然忙しくなる。俺も、青峰っちも。
いや、むしろ。大学に入ってもバスケでトップを走り続ける彼は、俺よりもっと忙しいはず。
青峰っちだけじゃない。かつての仲間達はみんなそれぞれ頑張っているだろう。
…異質なのは、俺の方。
足のことや諸々を考えて進学を機にバスケから離れ、モデル業に専念すると決めたのに、芸能界の人間関係に疲れて去年からそっちも休止中。
なんでもできたあの頃の俺は、もうどこにもいない。
対して、青峰っちはちっとも変わらない。奔放なバスケスタイルも、巨乳好きも、俺に向けてくれる優しい眼差しも。
変わらないままの彼と、変わってしまった俺。あの頃同じ方を向いていたからこそ、片方が変わればずれていく。
いつしか俺と青峰っちの間には、埋められない溝ができていた。誤魔化すためには、彼自身から目を背けるしかなかった。
…そうして、気付いたときにはもう。彼のことが、ひとつもわからなくなっていた。
顔を合わせれば喧嘩ばかりで、でも今では喧嘩している方がマシだ。
同じ家に住んでいるのに、顔を見ない日の方が圧倒的に多いんだから。
夜遅く帰ってくる彼は、寝室には入ってこない。リビングのソファーで仮眠をとり、朝早くに出て行く。そもそも帰ってこないことも多い。
…やっぱり彼も変わっているのかもしれない。だけどそれのベクトルは俺のとは真逆だから、ふたりの距離は遠くなるばかりだ。
もうきっと、ずっと縮まらない距離。…彼のため、なんて言い訳してみても結局は、俺自身がそれを見たくないから。
だから、この言葉は。
「青峰っち、俺達、別れよう」
「……そうだな」
──この結末は、自分勝手で愛されたがりの俺のためだ。
そうしてきっと、結果的には、あっさり返事を寄越す目の前の彼のためでもあるのだろう。
…いつしか俺達は、一緒にいるより離れている方がいいと思えるような想いを抱えて隣にいた。
上手く行くはず、なかったんだ。

明日出てくから、と言い、食欲もないのでそのまま寝室に入る。
一緒に選んだダブルベッド。彼が最後に隣で眠ったのは一体いつだったのだろう。…もう、彼の匂いはここには残っていない。
そこに寝転がる。荷造りをしなければ、と思うのに。
青峰っちは元々私物が少なくて、ベッドから見える壁際のチェストの上に並ぶ物なんかは、ほとんどが俺のものだ。
その、一番目立つ場所に飾られた写真立て。久しぶりに見たそれの中で、中学時代の俺と青峰っちが笑っている。
あれ、どうしたんだろう。その無邪気な笑みを見たとたんに、涙が溢れ出す。
あんなに別れの言葉がすんなり言えた。もう、なんとも思ってない。そのはず。

…本当に?

「…違う」
違う、なんとも思ってないなんてそんなの嘘に決まってる。
ただ辛かった。傍にいても、青峰っちが俺を見てくれないのが。
それは、大好きの感情の延長だ。それくらいわかる。
本当は、ずっとずっと隣にいたかった。俺だけを見て、俺だけに笑って欲しかった。
…別れの言葉の前に、それを言えてれば。何か、違う結末があったのかな。
……いいや、無理に決まってる。青峰っちは、一度も俺と目を合わせずに頷いたのだ。
きっと、彼にとってこの別れは望み通りの結末なのだろう。
…だから、これでいい。大好きな彼が幸せでいてくれれば、それで。
そう、これから先は割り切るから。
せめて今夜だけ。この家のこのベッドで眠る、最後の晩だけは。
「青峰っち、好き…大好き。たぶんずっと、これからも…」
素直な想いを抱いたまま、眠らせて。

ドアが開く。久しく聞くことのなかった、それでも忘れることなんてできない足音が響く。
そうして、枕元に立った彼は、そっと俺の髪を撫でた。
「黄瀬」
いつになく優しい声で、名前を呼ばれる。
「…あ、おみね…っち」
「黄瀬」

俺と、付き合って。

「…え?」
ついに幻聴か。それか夢。
だってこんなのありえない。少女マンガみたいな結末が、俺達の間にあるはずない。
「俺、やっぱり無理だ。お前じゃなきゃ無理」
「嘘っスよね…?」
「嘘なワケねぇだろ」
だって、だって信じられない。
「…お前が別れたがってるのはわかった。でも、やっぱり手放せない」
「……え?別れたがってるのは青峰っちじゃ」
「は?なんでそうなるんだよ。…やっぱり俺達、言葉が足りなかったみたいだな」
「…そっスね」

ひとつひとつ、わからなくなっていたことを聞いて、話して。
一晩かけて、また関係を作り直す。
知らなかったこともたくさんあって、でも知ってたこともたくさん残っていて。
ひとつずつ、ゆっくりと。お互いを確認していく。
そうして明け方、最後に青峰っちはもう一度言葉を紡いだ。
「…黄瀬、俺と一緒にいて。ずっと、俺だけ見て」
それはまさしく、俺の望みそのままで。
もちろん、返事はひとつしかない。
涙が止まらない。…けれど、ひとりで泣いていたときとは意味がまるで違うそれは、ちゃんと拭ってくれる手がある。

そうして、明るくなり始めた部屋で、俺達ははじまりのキスをする。

そしてここからまたまる
(何度終わっても、また)

20130815

瞼の裏に星雲を様に提出。テーマは『おわりとはじまり』でした。
今回で最後の企画ということで、気合入れて行こうと思ったのですが気付けば提出期限は間近。マジか。
結局いつもの乙女きーちゃんと第二次スレ峰がいるなんか謎の長文になってしまったいつもの栗山です。



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