(火黄) 俺が、いつになく真剣に、彼の名前を舌に乗せたからだろうか。 驚いたように目を丸くする。 …その顔すらも、愛しくてたまらない。 でも、もうきっと。そんな無防備な顔を見ることは叶わない。 だって、俺はここに。彼との関係を終わらせるために来た。 だから、自らのその気持ちにすら目をつぶるように、言葉を続けた。 「俺達、終わりにしよう?」 大好きだった。 家族、バスケ、帝光の仲間、海常の仲間。大切なものはたくさんあって、それでもそこに順位をつけるなら、間違いなく火神っちはいちばんだった。 …なんて。過去形で語ってみても。この想いは消えてはくれなくて。 ……やっぱり今でも、それは変わらない。 だけど、いや、だから。 俺は彼に、笑って最後の嘘をつく。 「そろそろ、飽きたっしょ?俺もっスよ」 (飽きるわけない。知れば知るほど、好きな気持ちは増すばかり) 「俺らも三年だしね、そろそろエース同士だってこと、自覚しないとっスよ」 (その座を捨ててもいいと思えるほど、あんたの隣は心地いい) 「それにやっぱり俺らも男だし、女の子と付き合いたいっしょ?」 (嫌だ。火神っちが、知らない女になんか取られるのは) ぐるぐる回っては痛みを増す胸の内側など悟られないように、鉄壁の笑顔で隠す。 それでも、その瞳を見たら、全部溢れてしまいそうで。 目だけは、どうしても合わせられないけれど。 「黄瀬、」 「もう、会わない。…ばいばい、火神っち」 彼の言葉を聞くのも同様で、だから遮るように最後まで笑って言い切って。 背中を向けた。 これ以上一緒にいたら、何も言わない自信がないから。 大好きだった。いちばん大切だった人。 今でも変わらず、俺のいちばんであり続ける人。 きっと、これから先だって。 その人の幸せのためになら、俺は何でもしてみせる。 そう、この嘘は幸せのため。彼の、そして俺自身の。 そう言い聞かせても、涙はしばらくは、止まってくれないみたいだ。 幸せになれる嘘をつく |