04.
重ねて申し上げますと、私は平凡な女子高生なわけです。誰もが振り向く美人なわけでもなんでもなくて、彼氏との初デートだって、散々悩んでもいまいち洋服が決まらずああでもないこうでもないと悩んでしまうようなセンスの持ち主なのです。
…というか、彼氏!とか!皆の新開隼人君をそんな風に呼んでしまってもいいのか!いやよくないな!!

早々に誤解を解いてこの彼氏彼女の茶番劇を終わらせようと思っていたのに、何故か気が付けば新開君とデートをする事になっていた。だって仕方ない、あんなかっこいい感じに誘われて断れる子がいるなら会ってみたい。そして是非その技を伝授していただきたい。
きっとこれから先、私は新開君みたいなイケメンに構われることはないだろう。だけど一応私だって女の子だから、長い人生の間、一回だけでもいい夢を見てみたい。だから今回だけ、今回だけ。身分不相応なデートを楽しむことを許して欲しい。

「今回だけ」を何度も繰り返し、私は待ち合わせ場所に向かう。新開君を待たせるなんて恐れ多い真似は出来ないから、15分前に到着した。よし、大丈夫。大丈夫。これで印象最悪になることは何とか避けられた筈だ。
精一杯のおしゃれをしてきたつもりでも、凡人が頑張ったところで偏差値50なのは変わらない。ちらりと視線を横に向ければ、お店のショーウィンドウに映し出される自分の姿と目が合った。そこにいたのはいつも通りの私で、どうして新開君に声をかけてもらえたのかわからない。…声をかけてもらえた、というより完全な誤解なんだけど。

こんな私が新開君の隣に並んでも許されるのか。昨晩から何十回も繰り返した自問自答をしながら、静かに時間が経つのを待つ。


「みょうじさん、遅れてすまない!」


約束時間の5分前、現れた新開君が最初に発した言葉はそれだった。



「遅れてないですよ!約束の時間よりだいぶ前だし、むしろ早いくらいだよ?」

「でも、名字さんを待たせたことに変わりはないから」


だからごめんね、そう言ってちょっと申し訳なさそうに笑う新開君は顔が良いだけじゃなくて中身まで素晴らしい人だと再確認する。一体どんな人生を歩んできたらこんな完璧超人になっちゃうんだろう。


「……」

「…あの、何か…?」


新開君はじっと私を見つめると、急に押し黙ってしまった。頭のてっぺんからつま先まで、何か評価でもされているのではないかと思って急に不安になる。普段は制服だから誤魔化されてるけど、やっぱり私のセンスがおかしかったのだろうか。不安になるけれど、残念ながら私にはそれを確かめるだけの度胸がない。


「とりあえず、行こうか?」


もやもやはまだ晴れないけれど、新開君にそう言われてしまえば頷くことしか出来なかった。





そして電車を乗り継いでやって来たのは、学校から少し離れた場所にある動物園。先日どこに行きたい?と聞かた時に、苦し紛れに私が提案した場所だった。そんなとこ行けるかよと一蹴されても仕方ないと思っていたのに、予想外に新開君は乗り気だった。昨日学校で会った時も、「楽しみだな」なんて満面の笑みを見せてくれたくらいだ。あの笑顔は嘘じゃない、と、思いたい。


「かっ、かわ、…!!」


ちびっこに紛れてふれあいコーナーに足を踏み入れれば、そこはもう楽園だった。もっふもふのうさぎやら羊やらがいたりして、どうぞご自由におさわり下さい状態になっている。くりっとした瞳で見上げてくる小動物にときめかないわけがないのだけど、今すぐにでも抱き上げたいもふもふしたいという衝動を必死に堪えてその場に佇む。


「…どうしたんだい、みょうじさん」

「何でもない、です…!」


落ち着け、落ち着くんだクールになれよ名字名前。ここでうさぎにがっつくわけにはいかないのだ。
現在私の脳内に浮かんでいるのは、以前雑誌で読んだ一つの記事。『可愛い可愛いって騒ぐ女って、それ言ってる自分を一番可愛いと思ってそうでイヤだ  高校生:I君』…恨むよ名も知らぬ高校生I君!
誤解がないように言っておきたいけど、私は己を可愛いなんて過剰な評価をするつもりは微塵もない。ただ、新開君の目にどう映るかと考えるとマイナスの印象を与える事は一つでも避けておきたかった。


「動物苦手だった?」

「そんな!滅相もないです!大好きです!」


じゃなきゃ動物園に行きたいなんて言うわけがない。私の即答に、新開君は小さく噴き出した。柔らかく笑みを浮かべたまましゃがみこむと、新開君はそこにいたうさぎを抱き上げる。


「よかったな、みょうじさんがお前のこと好きだってよ。羨ましい奴だな」


うさぎの首元を指でくすぐりながら、新開君はさらっと言ってのける。


「い、今何て……」

「みょうじさんに好かれてるコイツが羨ましいって言ったんだよ」


…聞きました?聞きましたか皆さん。こんなことをあっさり言えちゃうような人なんだ、新開君は。モテるのも全力で頷ける。いや、違うのか。モテるから言えるのか?どちらにせよ、色男過ぎて恐ろしい。こういうことに耐性のない私は、うるさく鳴り響く心臓の音に気が付かれないかが心配で仕方がない。

耳まで熱がどんどん集まるのを感じながら、私はそっと新開君の横にしゃがみこんだ。うさぎは新開君に抱っこされながらひくひく鼻を鳴らしている。うわあ可愛い、本当に可愛い。私もはしゃいで抱っこしたりしたいけど、ぶりっこしてんじゃねぇよとか思われないかな。色々と考えていると、ふいにほっぺに柔らかい感触を感じて瞬きを零す。


「……ええと…?」


ちらりと横を見れば、新開君が抱っこしたうさぎを私にそっと近づけていた。…うさぎにちゅーされたのだと気が付くまでは、ほんの少ししかかからなかった。可愛い、すごく可愛い。うさぎも、驚いた私を見て楽しそうに笑っている新開君も。どっちもだ。


「難しい顔してるけど、おめさんは笑ってる方が似合うよ。うさぎ、好きなんだろ?」

「う、うん、好き!大好きなの!」


なんだか新開君の前で頑張って色々考えるのがすごく勿体ないように感じられて、大きく何度も頷く。


「男子寮の裏でも、うさぎ飼われてるでしょ?あれもこっそり見に行ったりしててね、すごく可愛いんだよ!新開君も遊びに行くといいよ、ほんとに可愛いから!」


ウサ吉、と書かれた小屋で飼われているうさぎを見つけたのは、もう半年くらい前の事だった。荒北に借りていた漫画を返しに行った帰りに見つけたのがきっかけで、あれ以来何度か私はうさぎ小屋に足を運んでいた。中に入らなければ怒られはしないけど、女子生徒が男子寮に近づくのはあまり良くない印象を抱かれてしまうから、そんな頻繁には遊びに行けないのだけど。その分、たまに行けた時にはこっそり餌も持って行ったりしていた。そういえば最近は様子見に行けてなかったな、元気かなウサ吉。そんな事を考えていると、新開君は隣で小さく噴き出した。


「……私、何かおかしいこと言っちゃった?」

「いや、ウサ吉のこと、可愛がってくれてありがとな」


……pardon?先日に続き、二回目だ。


「ウサ吉の飼い主、俺だから。名字さんがたまに餌持って来てくれるのも、知ってたよ」

「えっ、うそ、飼い主、って、いたんだね!?てっきり私寮母さんとかが飼ってるのかと!……怒ってない?」

「何で?」

「勝手に俺のウサ吉に変なもんやるな、とか。気安く触るな、とか…?」

「ないよ、そんなの。むしろ、ウサ吉には感謝してるくらいだしな」


――みょうじさんの事、知るきっかけになってよかった。そう言って笑う新開君はやっぱりそれはもう男前で、私は赤い顔を隠すように俯いたまま、何も言うことが出来なくなってしまったのだった。
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