03.
『ずっと、お前の事が好きだった』

『本当に…?私も、実は貴方の事が好きだったの!』


きらきら眩しい背景を背負って、抱き締めあう男女の告白絵図。少女漫画で何度も見てきたその光景に、まさか己が当てはまる日がこようとは一切思っていなかった。人生何が起きるかわからない。わからないからこそ面白い―…なんて、そんな風に言える余裕は全くなかった。頭の中はぐっちゃぐちゃに混乱していて、あの抱擁事件から三日経った今もいまだに何が起きたか理解しきれていないのだ。友達に借りていた漫画を机に伏せて、私は盛大に溜息を零す。


「…ど、どうしよう…」


頭を抱えたところでどうにもならないのはわかっているけど、…残念ながら現状を打破する考えは一つも思い浮かばなかった。頭は悪くはない、悪くはないけど良くもない。そして今までの平凡人生の中で、突然こんなラブコメ展開になると考えた事は一度もなかった。予想外の展開に、私の脳内は完全にキャパオーバーだった。もうこのまま何も考えずにのんびり生きていきたい。私は貝になりたい。無理か!無理だよね!


「……なァに百面相してンだヨ」


机に突っ伏す私に声をかけてきたのは、友人代表荒北。訝し気に見下ろす顔は相変わらず不細工なのに、今はそれが嬉しい。新開君の留まるところを知らないイケメンパワーと荒北、足して2で割るとちょうどいい感じに私の心を癒してくれた。椅子から立ち上がり、荒北の両手を勢いよく掴む。放せよブス、なんて罵倒を浴びせられたけど今は構っていられない。ブスでも何でもいい、私は荒北に助けを求めるしかないのだ。


「荒北、新開君と仲良いよね…!?」

「この前同じ事言ったばっかだろ、バァカチャンかお前」

「……新開君と、さあ、実は、」

「みょうじさん」


名前を呼ばれ、振り返る。そこにいらっしゃったのは、今現在私の頭の中を占拠している新開君だ。眩しい、相変わらず眩しい。荒北と足して2で割ると中和出来ると思ったけど、どうやらそれはとんでもない間違いだったらしい。今こうして目の前にすると、新開君のイケメンオーラが圧勝していて、ただただ心臓が苦しくなってしまう。新開君がどうして教室にやって来たかはわからないけど、残念ながら緊張で声が出ない。黙り込む私を余所に、新開君は荒北に向き直った。


「荒北、お前距離が近くないか?」


それ、と新開君が指差したのは私ががっしりと掴んだ荒北の手だ。


「別に好き好んで距離近くしてるわけじゃァねェヨ」

「そうか、よかった」

「よかったって、なンで」

「いくら相手がお前でも、彼女が他の男といちゃついてるのは嬉しくないからな」


――瞬間、教室の空気が固まった。

さっきまでざわざわと話し声で溢れていたのに一気に静まりかえって、沈黙と好奇の視線が私を襲う。注目を浴びる事には慣れていない。ごめんなさい、こんな時どんな顔をしていいかわからないの。たっぷり十秒は、沈黙が続いていたと思う。重苦しい静寂を破ってくれたのは、意外な事に荒北だった。


「えェと………お幸せに?」


残念な事に、言葉自体は全く嬉しくなかったけど!




結局あの後、周囲からの質問責めにあって新開君とまともに言葉を交わすことは出来なかった。

「いつから!?」
「本当に付き合ってるの!?」
「告白どっちから!?」

数々の質問に、新開君は笑顔で応えていた。一昨日から、勿論付き合ってるよ、告白自体は俺かな、……まるでスターの記者会見を見ているような気分だった。いや、実際それに近いものがあったんだろうけど。一方私は、何も言う事が出来ずに苦笑いを浮かべているだけだった。スターの横に並んでいるのはとんだ平凡女、こんなの許されていい筈がない。第一、付き合ってるとか、…何かの間違いでしかないのだから。

忘れたい、忘れたいけど忘れられないパンツ丸出し事件の日。新開君は、私が転んでパンツを見せたのを告白の代わりと思ったらしい。一体何をどう勘違いしたらそうなるのかはわからないが、新開君程の人となれば凡人の私には予想出来ないような事を考えるのかもしれない。求愛行動がパンツとか、そんなの私がただの変態みたいじゃない、…そう言いたかったけど、言えなかった。新開君は、確かに私の事が好きだと言ったのだ。少し照れくさそうに笑って、「俺と付き合って欲しい」そう言って、私の手を取った。

雲の上のような人に好きだと言われて、頭はぐるぐると混乱していた。初めて言葉を交わした新開君の事が好きかなんかなんてわからなかったけれど、ここでお断りしてしまうと新開君に恥をかかせることになる。殿上人のありがたいお言葉をお断り出来る勇気なんて、私は持ち合わせていなかった。気が付いた時には首を縦に振っていて、その瞬間私は王者箱学のエーススプリンター、新開隼人の恋人というポジションを得ることになったのだ。

突然の展開にその晩は浮かれもしたけれど、朝目が覚めれば襲ってきたのは後悔の嵐。新開君は優しいから、私が恥をかいたのを気遣って付き合おうと言ってくれたに違いない。すぐに誤解を解かなければ!…そう思ったのに、まともに会話も出来ぬまま数日が過ぎてしまった。

さあ言え、言うんだ。私は気にしてないから!新開君も気にしなくていいんだよ!彼氏彼女なんてのは今すぐ白紙に戻しましょう!


「…折角会いに来たのに、騒がれちまったなあ。おめさん、疲れてないか?」

「だ、大丈夫です元気です!!」

「そうか、よかった」


喉の奥まで出かかった言葉を言えなかったのは、新開君の笑顔を見ると胸が苦しくなってしまうから、で。


「今度の日曜さ、暇じゃないか?練習午前中だけなんだ、…デートをしよう。みょうじさん」


凡人の私に与えられた束の間の幸福。…ほんの少しだけなら楽しんでしまっても許されるのではないか、なんて。そんなことを考えてしまった。気が付けば私はまた頷いていて、新開君とのデートが週末に決まったのだった。おわり
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