I hope to see more of you.

章吉はわかりやすい。昔からすごくわかりやすい。隠し事の一つも出来ないし、というより隠し事をするつもりがないんだろう。いつだって思ってることを全部馬鹿正直に話しちゃうようなその真っ直ぐさが、私は好きだ。…好き、なんだけど。頑張って隠して欲しいタイミングだって、長い人生の中にはあるんじゃないだろうか。例えば、今とか。


「あ、これ美味しい」

「ホンマに?」

「ほんとほんと。章吉は嫌いだった?大丈夫?」

「や、嫌いとかそんなんとはちゃうねん!ただ味がよおわからへんっちゅーか」

「…おしゃれな味はわからない?」

「…それも、あるんやけど」


なんちゅーか、なあ?なんて聞かれても、残念ながら私にはわからない。サーモンのマリネ、カポナータ。並んだ前菜はどれも美味しくて、ワインだって進んでしまう。それに対して、章吉は目の前の食事を楽しめていないようだった。加えて、章吉にしては珍しい歯切れの悪い言葉が先程から零れっぱなしだ。何か隠し事をしているのは一目瞭然だけど、生憎その肝心の何かの正体がわからない。…難しい。長年一緒にいたというのに、こんな態度は初めてで、全く予想がつかなかった。

今日は、私達が付き合い始めて5年目の記念日だ。いつもお互い記念日だなんだと騒ぐタイプじゃなかったから、章吉から食事に誘われた時はそりゃもう驚いた。しかも向かったお店は私が前から行きたいって言っていたイタリアン。かなり人気で、予約を取るのも一苦労らしい。いつか行けたらいいなー、くらいに思って何となくぼやいていただけだったのに、私のなんてことない呟きを章吉が覚えていてくれたことがすごく嬉しかった。


「…っていうか、今日どうしたの。スーツなんか着ちゃって」


テーブル越しに座る章吉は、珍しくスーツでめかしこんでいた。だいぶ長い間一緒にいるけれど、スーツ姿なんて数えるくらいしか見たことがない。髪も何だか綺麗に整えられちゃって、一体どうしたんだ。
パスタをフォークに巻きながら尋ねるけれど、章吉ははっきりとした答えをくれなかった。明後日の方向を見ながら唸るだけだ。……生憎、私はこんな特別なシチュエーションを用意されて、全く見当がつかないような鈍い奴ではない。章吉が私に何か言おうとしているっていうのは、何となくわかる。…ついでに言うと、言おうとしている内容も。

先日から私の指のサイズをやけに気にしていたけど、もうちょっとスマートに探ることは出来なかったんだろうか。わかりやすい。章吉は、本当にわかりやすい。こんなの私でなくたって誰でもきっと気が付いてしまう。
…ただ、いくらわかりやすいと言っても、私から催促してしまうのはさすがに気が引けた。一応女の子だから、大好きな人からのプロポーズくらいは静かに待ちたい気持ちがある。


「ごちそうさまでした!」


結局のところ、お店ではただ食事を楽しむだけで終わってしまった。…楽しんでいたのは私だけで、章吉はやっぱり始終もだもだしていたけど。
…こんな煮え切らない態度を取る章吉を見るのは初めてだと思っていたけど、よくよく思い返してみればそうでもない。たった一度だけ、今と似たような状況になったことがある。――高校生の時、まだ私達が付き合う前の話だ。

告白をしてくれたのは章吉だったけど、私達が付き合うに至るまではそれはもう長い道のりがあった。
私は、章吉がずっと好きで。章吉も、私のことが好きだった。…これは別に、調子に乗っているとかそういうのではなくて。周りから見てもバレバレなくらい、あからさまだったのだ。田所先輩が痺れを切らして「お前らいい加減に付き合ったらどうだ!」なんて喝を入れてきたこともあったっけな、懐かしい。好きな人から告白して欲しいなー、なんて夢を見ていた私は、自分から言いたい気持ちを堪えて章吉の言葉をひたすら待っていた。

待って待って待ち続けて、最終的に我慢が出来なくなって「私に言うことないの!?」と半ば怒り気味に聞いた結果、ようやく好きやの三文字を聞き出すことが出来たのである。
……章吉から告白してもらえたことになるのかな、あれは。ふと考えるけど、今になってしまえばもう時効だ。大事なのは、今目の前のこの瞬間である。




お店を出て、のんびりと肩を並べて歩く。珍しく遠回りをして帰ることにして、章吉と私が現在歩いているのは夜景の綺麗なカップル向けの臨海公園。右向いてもカップル、左向いてもカップル。ぐるりと視線を見渡せば、きらきらと街灯が眩しい。これ以上ない絶好のシチュエーションだと思うんだけどな!男を見せろよ鳴子章吉!


「…ねえ、章吉」


呼びかければ、章吉の肩がびくりと跳ねた。どんだけびびってるんだ。…でも、それだけ緊張してくれているのだと思うと何だか嬉しい。かっこいいとこは勿論だけど、みっともないとこも、情けないとこも、全部ひっくるめて章吉が好きだ。これはもう、惚れた弱みというので仕方がないだろう。…ほんの少し。ほんの少しくらい、背中を押してあげるくらいは、許してもらえるんじゃないかな。


「……あのね。私、章吉のこと好きだよ」


触れ合うくらいの距離にあった手に指先で触れると、章吉はぎゅっと私の手を包み込んでくれた。


「今まですごく楽しかったし、これからもずっと章吉といられたらいいなって思ってるんだよ」


…これくらい。これくらいは言っても大丈夫なはず。後は反応を待つだけだ。私の言葉を聞いて、章吉はぴたりと足を止めた。それからしばらく俯いていたかと思えば、急に手を放して真っ直ぐと私を見据える。


「…やっぱ、色々考えんのは向いてへんわ!」


にっと笑ったかと思えば、近くにあったベンチの上に章吉は仁王立ちになる。スーツの上着を脱ぎ捨てて腕まくり、綺麗に整えていた髪をぐしゃぐしゃと乱してしまえば、いつもの姿に逆戻りだ。


「なまえ!いっぺんしか言わへんからな、よおーく聞いとれよ!」


ベンチの上で、章吉が叫ぶ。周りのカップル達が、一体どうしたとこちらに視線を向けてくるのがわかった。こんな注目されることは滅多にないから、私は少し恥ずかしくなってしまうけど、章吉は逆だ。注目されればされる程燃える男、それが鳴子章吉である。


「…なまえが、好きや!世界で一番、大好きや!せやから、ワイと結婚してくれ!!」


すうっと大きく息を吸い込んで、章吉が口にしたのは一世一代のプロポーズ。公園中に響き渡るんじゃないかってくらいの大声で、いつの間にかギャラリーまで出来ていた。
返事はー?なんて、ギャラリーから聞こえてくる。…そんなの、決まってる。最初っから、用意している答えは一つだけだ。


「…よろしく、お願いします」


本当は、章吉のプロポーズには笑顔で応えようと思っていた。けど、いざ夢に見ていた瞬間を迎えてしまえば、笑うことなんて出来なかった。ぽろぽろと目の端から涙が溢れてきて、私の意志なんてお構いなしに止まってくれない。頷いた声は、震えているのが自分でもわかった。
それでも、私が頷いた瞬間に、周りからは一気に歓声が湧き上がる。おめでとう、幸せになれよ!投げかけられる言葉の一つ一つに、章吉は笑顔で応えていた。おーきに!ほんまおーきになぁ!ギャラリーに手を振って、章吉はベンチから降りるとそのまま強く私を抱き締める。


「デーハードヤドヤプロポーズ、成功やな!」


さっきまでうじうじしていた男が何を偉そうに。そんな軽口の一つも叩いてやりたかったけど、胸がいっぱいで何も言うことが出来なくて。幸せの熱は、まだまだ引いてくれそうにない。


(1029 再掲)
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