書き殴ってもラブレター
「スマイル一つ下さいってね、しょっちゅう高校生とかがからかいに来るのよ。もういちいち相手してらんないっての」

…そんな話を、某ファーストフードのお店で働いてる友達から聞いたことがある。高校生男子という生き物は、数が集まると無敵の力を発するらしい。「スマイル下さい!」とカウンターのお姉さんに話しかける特攻隊長と、後ろでにやにや面白そうに眺める数名の平隊員。何かの罰ゲームらしいそれは、毎回相手をしていると体力的にも精神的にも辛いとのことだった。

…だから多分、今のこの状況も、よく聞く罰ゲームの一種なんだろう。そうに違いない。


「これ、俺の連絡先なンだケド」


レジを挟んで真正面、私をまっすぐと見つめているのは、近所の高校の男の子だ。見つめている、という可愛らしい表現は似合わなかったかもしれない。どちらかというと、睨んでいるに近い。私はしがない大学生バイトで、高校生から恨みを買うような経験はない…と思う。多分。
差し出されたのはちょっとくしゃくしゃになった紙切れ。彼の直筆だろう、メールアドレスと電話番号が書いてある。
反射的にそれを受け取り、周囲をきょろきょろと見渡す。店内には私と彼の二人きり。もう一人のバイトさんは裏で品出しの真っ最中だ。
…おかしい。こういうのは、後ろで仲間数名がにやにやして見ているのが定番なんじゃなかったのか。友達から聞いていた話と随分違う。


「……なンか言ってくれナァイ?」

「えっあっいつもご利用ありがとうございます…?」

「そういうのじゃ、なくてさァ」


少年は大きく溜息をついて、がしがしと髪を掻き上げた。あっ、なかなかかっこいいかもしれない。高校生のくせにちょっと色気があるとか卑怯じゃないだろうか。


「…とにかく、俺渡したからネ」


捨てないでヨ、…そう言い残して少年は去って行った。お店を出た後も友達と騒いでいる様子もなく、静かに彼は帰って行く。後日友達に報告でもするのだろうか。だとしたら、もっと面白い反応した方がよかったのかな。
しばらく悩んでいると、一人だった店内にお客さんが入って来た。すぐに頭は切り替わり、彼から渡されたメモはポケットの中でしばらく眠る事になった。








それから数日後。すっかりメモの事も彼の事も忘れてしまった頃になって、再び私は名前も知らない男子高校生に話しかけられる事になった。


「ほう、君が荒北の話していたみょうじさんか!」

「この前はうちの靖友がいきなりすまなかったね、びっくりしたんじゃないか?」


…私一応年上なんだけどな!やけにフレンドリーな高校生たちに向かってそんなささやかな主張を心の中でするけれど、当然それが気づかれることはない。爽やかオーラ全開の二人は、まるで品定めするかのように私のことをじろじろと見つめてくる。

やだなぁおばさん高校生にモテモテだわー、なんて冗談を言える相手もいないこの状況だと、とにかく怖い。相手は年下なのに威圧感を感じてしまうのは、彼らの体つきがしっかりとしたものだからだろうか。一体私が何をしたって言うんだ。男子高校生の罰ゲーム大会に巻き込まないでいただきたい。
何も言えずに視線をあちらへこちらへと向けていると、二人組の片割れ、カチューシャ君がぎゅっと私の両手を握った。近い、距離が近い!


「こんな事を俺達が言うのは野暮かもしれないが、みょうじさん。荒北と連絡を取ってやってはくれないか」

「あ、あらきた…?」

「この前君にメモを渡した男がいただろう?何だ、あいつは名前も名乗らなかったのか!」


あらきたくん、あの男の子はそういう名前らしい。成る程。しかしその荒北くんがどうした。もしや私が面白い反応をしなかったから怒っているのだろうか。数日がかりで罰ゲーム、今時の男子高校生はハードだなあ。カチューシャ君に手を握られたまま、私の意識はぼんやりどこかに飛んでいきそうになる。


「お前らさァ、何やってンのォ!?」


…意識を引き戻してくれたのは、先日聞いた声。ウィーン、ぴんぽんぴんぽん。来客を知らせる一連の音が店内に響いた後、荒北君は開口一番そう叫んだ。入口から真っ直ぐレジまで近づき、カチューシャ君をべりっと私から引き離す。


「近いダロ、距離が!新開も何横で黙って見てンだ、止めろッて!」

「ははっ、すまない。靖友の面白い反応が見たくて」

「面白い反応が見たくて、じゃねェヨ!」


目の前でぎゃんぎゃん言い合いを始める姿はかっこいいよりも可愛いで、この前感じたほんの少しの色気とは何だったのか。というか、他にお客さんがいないからいいのだけど、この状況は一体どうしよう。仲裁に入ることも出来ずに成り行きを見守っていると、荒北君が二人組をぐいぐいと店の外に押しやった。


「頑張れよ荒北!」

「報告待ってるぜ」

「うっせェ!!」


二人の背中が完全に見送るまで待って、荒北君は私に向き直った。…見られている。すごく、見られている。見られているというより、睨まれている。ひやりと冷たい汗が背中を一筋流れていくのを感じながら、私はこの沈黙を打破するべくおそるおそる口を開いた。


「い、いらっしゃいませー……」




………沈黙は、続く。

何言ってんだこいつとでも言いたげな表情で、荒北君は大きく溜息を吐いた。それからゆっくりとまた私に近づいてきて、この前と同じようにカウンター挟んで正面に立ち、真っ直ぐと視線を合わせる。


「…急にごめんネ、ウザかったでショ。アイツら」

「う、うざいとかはなかったですけど!びっくりしちゃっただけで!ええと、…罰ゲーム大変そうですね?」

「はァ?」

「あっいやすごく申し訳ないんだけど、私相手じゃ特に面白い反応は得られないと思うので…!ちょっと別の方を狙った方がいいんじゃないかと、思うんだけど…」

「…何それ、俺フラれてンのォ?」

「ふっ…?フラ?え?」


話の流れが、全く読めない。


「……罰ゲームとか、そういうのじゃなくてェ。俺、なまえさんのコトずっと気になってたンだよネ」


そうか成る程、だからメモを渡してきたのかオッケー把握!……なんて、そんなはずがない。残念ながら、突然の告白にスマートに対応できる程、私のレベルは高くなかった。どうやら罰ゲームじゃなかったらしい、それは分かった。分かったけど、どうして荒北くんが私に声をかけてきたのかはわからない。


「何、からかってると思ってたわけ?」


黙って頷く。ちげェヨ、荒北くんは少し拗ねたように呟いた。


「でも、これで連絡貰えるよネ?…まずはお友達からってコトで、どう?仲良くしてもらえると嬉しいンだケドォ」


目線を合わせるように、荒北くんは少し腰を屈めて私の顔を覗きこんでくる。突然の告白になのか、それともこのシチュエーションに、なのか。理由はわからないけど、頬に集まる熱を感じるのは事実だ。それから、ほんの少しどきどきしてしまうのも。


「…よ、よろしくお願いします」

「ん、よろしくネ。……今すぐ返事もらおうとかは思ってないケド、なまえさん他に何か言うコトないの?」

「他、他……。あっ、新発売のチーズカレーマン、いかがでしょうか!」


うっかり変なことを口走りそうになって、誤魔化すようにレジ横を指差す。ぱちぱちと瞬きをした後、「じゃァ1つ」と荒北くんは笑った。くしゃりと笑顔を浮かべる荒北くんはやっぱり可愛くてかっこよくて、更にときめいてしまったのは内緒の話だ。
(0909)
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