字幕が途切れて続きは来週
初めて靖友を見た時、まず最初に思ったのは『絶対関わりたくない』だった。
今時がっつりリーゼント。無駄に粋がって強がって、カッコ悪くて仕方がない。一生関らない人種だと思っていたのに、気が付けば奴は自転車競技部にちゃっかり入部を果たしていた。
どうせすぐに辞めるだろう、なんて思っていたのに意外と根性があったらしい。一年、二年。靖友は当たり前みたいに自転車を漕ぎ続けていた。そして三年目の夏。最後のIH。引退してしまえば部員とマネージャーという関係だった私たちの間を繋ぐ物は全てなくなると思っていたのに、どうしてだか、靖友は未だに私の隣にいる。

お前が、好きだ。

いつもの茶化すような言い方ではなくて、真っ直ぐ伝えてくれた気持ちに頷いてからもう何年経っただろう。
隣にいるのが当たり前すぎて、居心地が良すぎて、一緒にいる理由なんてすっかり忘れてしまいそうになる。その居心地の良さも好きところの一つの筈なのに、少しだけ怖くなってしまうのも仕方ない筈だ。いつか一緒にいる理由が、わからなくなってしまいそうで怖かった。



――友達から見れば、私達の関係は羨ましい、らしい。お互い一緒にいるのが当たり前、理想のカップル…らしいけど。本当にそう思ってる?なんて聞き返してしまうあたり、私自身が最近この関係に満足が出来なくなっているのかもしれない。考えないようにしていたけど、…ううん。これがマンネリだとか、そういうものなのだろうか。

「ねえ、靖友。私来週末いないから」

ベッドに寝転がって雑誌を読んでいる靖友に向かって話しかけると、靖友は視線だけちらりとこちらに向けて答えた。


「んー、なんで」

「友達の結婚式。前から言ってたでしょ?」

「そっか、そうだったネ。行ってらっしゃい、迎えいる?」

「そんなに遅くならないと思うけど…来てくれたら嬉しいかも」


口は悪いし態度もきついけど、なんだかんだで靖友は優しい。同棲を始めて2年、私の帰りが遅くなる時はこうして迎えに来ようとしてくれる。そういうところが好きだ。…けど、それだけじゃ満足出来なくなってしまっているのが最近の心境だった。週末、仲の良かった友達の結婚式。勿論嬉しいし祝福したい。だけどどこか寂しいと感じる理由には、多分とっくに気が付いている。


「ねえ、靖友」

「なァに」


――私達、いつまで曖昧な関係のままなのかな。
零れそうになった言葉は、喉の奥に引っかかって上手く出てこなかった。もうすぐ私も28ですよ、靖友。私、今が一番綺麗な時かもしれないですよ。紙切れ一枚の関係にこだわるわけじゃないけど、小さい頃からずっとずっと、将来の夢はお嫁さんだった。靖友、私はこのまま待っていていいんでしょうか。


「…何でもないよ」


作り笑いを浮かべる私を少し不思議に思ったのか、靖友はゆっくりベッドから起き上がった。伸ばされかけた手に気が付かない振りをして、私はキッチンへと向かう。靖友がそれ以上何か言うことは、なかった。




そうして訪れた土曜日。純白のドレスに包まれた友達は、本当に綺麗だった。素敵な旦那様の横に並んで笑う姿は全身から幸せが溢れていて、見ているこっちまで胸が苦しくなるくらいだった。心から祝えないかもしれない、なんて思っていたけどそれは杞憂で、友達の幸せを一緒に喜ぶことが出来た自分に内心ほっとしたのは内緒だ。

二次会が終わった頃には、思っていたよりも外は暗くなっていた。ぼんやり街灯に照らされた道を一人で帰るのは気が引ける。お店を出た所で靖友に電話をしようとしたら、まさにその瞬間に携帯が震えた。画面に表示されたのは靖友の名前。


「やっ、靖友!どうしたの!」

『どうしたじゃねェヨ、遅くなるなら連絡しろっての』

「ごめん、今終わったとこでー…」

『見ればわかンだヨ』

「え」


見れば?ぱっと顔を上げれば、道の向こう側から靖友がのんびり歩いて来るのが見えた。連絡遅い、ノロマ。そんな暴言を吐きながらも、こうして迎えに来てくれるあたりが卑怯だと思う。駆け寄れば当たり前のように手を繋いでくれる優しさも、やっぱり私は靖友が好きなのだと自覚させられて悔しい。ああ、好きだなあ。靖友が好きだ。

春になってしばらく経つけど、まだまだ夜風は冷たい。頬を撫でる冷たさとは正反対に、繋いだ手から伝わってくる温もりが心地よかった。


「式、どーだったのォ?」

「すごーく綺麗だったし、幸せそうだった。ドレスがね、お色直しの後のもすごく可愛かったんだよね。カクテルドレスで、ワイン色のやつでー…」

「そっか、よかったネ」

「可愛い感じの子だったから、大人っぽい色はどうかなーって思ってたんだけどね。すっごい似合ってたの、新発見だったかも」

「じゃあさァ、名前もそれにする?」

「うーん、私はどうかなあ。似合わないと思うんだけど」


………、え?


「そう?結構いけると思うんだケド」

「えっ、そ、そうかな」

「俺が言うンだから説得力あるダロ」

「あ、ありがとう…?」


…ねえ、ちょっと待って靖友。今何て言ったの。会話の流れですか、靖友にとって特に深い意味はないんですか。あまりにあっさり言われた一言だけど、私にとっては衝撃が大き過ぎた。どうしよう、これは何て言ったらいいんだろう。結婚してくれるの?…うーん。重いな。それに勘違いだったら恥ずかしい。スルーしちゃう?…ああでも、ここまで喜んでしまったのだから聞こえなかった振りをするのは辛いかもしれない。

悶々と悩んでいると、突然靖友がぴたりと足を止めた。


「…あのさァ」


その表情はどこか不機嫌そうな、複雑そうな、そんな顔。靖友は繋いだ手にぎゅっと力を込め、真っ直ぐと視線を合わせた。…私は、この顔を知っている。今でも思い出せる、高校時代のあの日。靖友が私に告白をしてくれた日も、靖友はこんな顔をしていた。
帰り道、二人きり。あたりには人影もなくて、遠くで車の走る音だけが響いている。


「…なまえ」


大事な話するヨ、靖友はそう言うと一呼吸置いて少しだけ笑った。


「……結婚しよっか」


短い言葉は、それでもはっきりと私の耳に響いて鼓膜を揺らす。優しさの含まれたその声に、自然と涙が溢れた。ずっと、ずっと憧れていた。欲しかった一言に、一気に心の中が満たされていく。

一生に一度のプロポーズだっていうのに、きらきら眩しいシチュエーションでもないし、ムードなんて欠片もない。でも、それでも。世界で一番幸せになれると、そんな気がした。
(0909)
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