10.
人生で初めて、彼氏が出来ました。好きな人に好きと言ってもらえる事がこんなに幸せなんて、私はちっとも知らなかった。

…彼氏。その響きは、やっぱり恥ずかしくて、私なんかが彼女を名乗って本当に申し訳ありませんという気分になるんだけど!…うじうじうだうだ悩むよりも、少しでも新開君につりあう自分になれるように頑張ろうと最近は思えるようになってきた。私なりの成長だ、是非とも褒めていただきたい。

……こんな時、ドヤ顔かましつつ「凄いでしょ褒めてよ」なんて冗談を言える相手は、いつだって決まっていた。荒北だ。荒北なら、すっごく嫌そうな顔をしながらも褒めてくれたりだとか、なんとか。今までずっとそういう関係だったけど、…気が付けば、荒北との距離は随分と遠くなってしまっていた。

新開君と本当に付き合うようになった日、荒北に言われた言葉。あれがどういう意味だったのか、わからない程私は鈍感ではない。かといって、笑って流してしまえる程、荒北との関係も簡単な物じゃなかった。幸せ過ぎて色々浮かれていたけど、何かしらの返事をしなくちゃいけないんじゃないだろうか。どうしよう、どうしよう。ずっと悩み続けている間に、数日が経過していた。その間荒北とはまともに会話をしていなくて、こんなに長い間話さないのは初めてなのではというくらいである。

今の私は幸せの絶頂にいる筈なのに、荒北の事がどうしたって気になってしまう。悶々、もやもや。このままじゃ、なんだか新開君にも申し訳ない気がする。



ぼんやり考え込みながら窓の外を眺めていると、ちょうど新開君のクラスが教室を移動している所だった。…タイミングが良すぎる。そのまま渡り廊下を通過していくかと思いきや、新開君がぱっとこちらを見上げたため見事に視線が重なった。ぎこちなく手を振ると、新開君は満面の笑みを返してくれる。相変わらずの眩しすぎる笑顔に、心臓が苦しくなった。正式に彼女になったと言っても、きっと当分新開君の笑顔に慣れることなんてないんだろうな。

それはすごくすごく幸せな事で、…やっぱり。少しの申し訳なさも感じた。自惚れでもなんでもなくて、新開君は私のことをすごく大事にしてくれている。なのに、私ときたら迷って迷って迷いまくったままだ。新開君の事が好きだという、それだけはぶれたりはしないけど。…新開君の事を考えれば考える程、荒北の事が気になるのだ。

好きとか、嫌いとか、そういうことは置いといて。やっぱりずっと友達だったわけだから、このまま気まずい関係でいるのも嫌だし。…どうしてくれよう。荒北に悩ませられる日が来るなんて、思ってもいなかった。


「なァに百面相してンの」

「荒北!?」


俯き気味に考え込んでいたから、人が近づいて来たことに気が付かなかった。顔を上げれば、そこにいたのは今まさに私の脳内を占拠していた荒北だ。私を見下ろす表情は数日前と変わらなくて、なんだか拍子抜けしてしまう。


「…百面相とか、してないし」

「してたケド」

「…ハイ」


溜息を溢し、荒北は私の正面の椅子に座った。


「どォしたの。新開と喧嘩でもした?」

「しっ、してない!」

「そ、ならいいヨ。よかったネ」

「………荒北は、さぁ」

「んー?」


…もしかしたら、あれは勘違いだったのだろうか。目の前の荒北があまりに普通の態度なものだから、うっかり抱き締められたりしたのも私の記憶が間違ってたのではないかと思えてしまうくらいだ。…そこまで頭がおかしくなったとは、自分でも信じたくないんだけどな!


「……つーかお前、最近態度おかしくナァイ?」

「誰のせいよ誰の!」

「オレ?」

「わかってるじゃん!そうだよ荒北のせいだよ!」

「何で……って、あー。アレか」


ぽん、とわざとらしく手を叩いて、荒北は笑った。


「この前の、アレ本気にしちゃってた?オレにしとけばーってやつでしょ?」

「その通りだよ!人のこと散々悩ませといて何その態度!」


色々と悩んでいた筈なのに、いざこうして再び顔を合わせるとぽんぽん言葉が飛び出してくる。やっぱり荒北は大事な友達で、このままいなくなるのは嫌だなぁとか、そんな風に思ってたのに。ちょっと待て、本気にしちゃってた?とは、それはつまり、……荒北この野郎。まさか、もしかしなくても。


「からかってた!?冗談だった!?」

「別に、からかってたわけでも冗談だったわけでもないけどさァ。ああでもしないと、お前新開とまともに話せなかったでショ」

「荒北…」


荒北、私の為を思って…?それであんな行動を…?――なんて、一瞬友情に熱い男荒北にきゅんときたけど、ちょっと乱暴過ぎだったんじゃないですかね!?


「真剣に悩んだ私のこの数日を返してよ!」

「へいへいそりゃスイマセンでした、ペプシ奢ってやるヨ」

「安いな!でもありがとうそれでいいよ!」


色々と文句を言ってやりたい事はある。それこそ山ほど。でも今は、そんな事より荒北とまた話せるようになったという嬉しさの方がずっと大きかった。
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