08.
荒北とは、一年生の頃から仲が良かった。お互い何でも言い合えるような、友達で。ずっと仲良しで。これからもずっとずっと、そんな関係が続くんだと思っていた。
だから、荒北に言われた一言は私にとって本当に予想外で。……頭が真っ白になるって、本当にあるんだ。何も考えられないくらい私の脳内は混乱していて、ただただ、荒北の言葉だけが何度も繰り返し鳴り響いていた。


『オレにしとけばいいンじゃないの』


…その言葉の指す意味、とは。一体。駄目だ、わからない。いや、本当は少しわかっている。でもそんなことは、有り得なくて。人間びっくりしすぎると、涙もあっさり止まってくれるらしい。先程までとめどなく溢れていた涙は、今ではぴたりと止まっていた。まだ少し視界は潤むけど、荒北の事ははっきり見える。


「あら、きた…?」

「なァに」

「ねェ、今のって、どういう」


そこから先は、言葉にならなかった。荒北に手首を掴まれ、そのまま勢いに任せて引き寄せられる。前にもあった、このシチュエーションは前にもあったぞ。気が付けば私は荒北に抱き締められていて、がっちりしっかり完全にホールドされていた。

離れようと思っても荒北の力は強くて、細くても一応荒北だって男の子だったのだと嫌でも実感してしまう。今まで友達だと思っていた相手にこんな事を思うのが恥ずかしくて、必死に離れようと身じろぎする。が、荒北は私のささやかな抵抗なんて完全に無視だ。私の頭上で器用に片手で携帯を操作して、誰かにメールを送っているようだった。

…もしかして、もしかしなくても、これは。


「…ねえ、荒北、もしかして、新開君に送ってたりとか。ちょっと待って何言うつもりなの!」

「いいから黙ってろっての、どうなるかは…まァ、アイツ次第ってコトで」


やっべェオレこれからも自転車乗れっかな。腕力でいったら絶対負けるしなァ。――内容は物騒だけど、声だけは無駄に穏やかだった。悟りの境地に入っているんじゃないか荒北。

私自身の気持ちのこととか、新開君とのこれからのこととか、それだけでもいっぱいいっぱいなのに、そこに荒北から爆弾を落とされてしまえばいよいよ私の許容量は完全に限界を突破してしまった。

混乱しっぱなしの頭でも、遠くで響くチャイムの音くらいは聞こえる。本当に丸々一時間授業をサボってしまったことに罪悪感が生じるけど、そんなことを気にしている暇はないようだった。


「アイツ、多分血相変えて走ってくるぜ?逃げんなヨ」







…荒北の予告通り、新開君は驚くべき速さでやって来た。チャイムが鳴ってから、それこそ3分も経っていない。私が逃げようとする間もなく、体育館裏に第三の来訪者を告げる足音が響いた。


「みょうじさん!!!!」


新開君が大声を出しているのを、初めて聞いた。ついでに言うと、息が荒れてぜえぜえ言っているところも。教室からここまで全力で来てくれたんだろう。新開君の髪は少し乱れていて、首筋にも薄らと汗が浮かんでいた。

新開君はこちらに駆け寄ってくると、荒北と私の間に割って入るようにして私に背を向けた。荒北を牽制するみたいな新開君の様子は本当に今まで見たことがない感じで、…荒北は一体何を言ったんだ。


「…いくら靖友でも、あんまり冗談が過ぎると怒るぜ?」

「冗談じゃねェっての、ほらみょうじ。ちゃんと言ってやんなヨ、全部新開の勘違いでしたーって」


…本当に、何を言ってくれてるんだ荒北め!


「…お前がさァ、勘違いしてたんだヨ。みょうじがスっ転んだのは別に恋愛下手のアピールとかそんなんじゃなくてェ、ただの偶然なんだって」


…靖友が言っていることは、何一つ間違ってはいない。それが、本当だ。勘違いから、それが、始まり。…いつか新開君に言わなければいけないと思っていたけど、それは今じゃない。もっと心の準備をして、ちゃんと言いたい事をまとめて、それから、そう思っていたのだ。間違っても、こんなに頭が混乱した状況で伝えていい話じゃない。


「……みょうじさん。靖友の言ってることは、本当?」


新開君が、ゆっくりと振り返る。その顔からはいつもの柔らかい笑顔は消えていて、こんな表情をさせているのは私なのだと思うと胸が苦しくなった。

――いつか、言わなきゃいけないことだった。本当は、最初に伝えておくべきだった。…ずるずる先延ばしにしてしまったから、私も新開君も、こんな気持ちになるんだ。


「……本当、だよ」


呟いた声は、震えていた。


「…新開君、優しいから。気を遣わせちゃったんだよね?だから、付き合おうとか、そういう風に、言ってくれたんだよね?」


新開君の顔を見ていられなくて、視線はどんどん下に落ちていく。つい先ほど涙が零れて出来たコンクリートの染みは、もう随分と薄くなっていた。どうかこのまま、新開君が何も気づきませんように。私の涙なんかで、新開君が動揺したりだとか、また胸を痛めることがありませんように。そんなことを願いながら、ゆっくりゆっくり、言葉を続けていく。


「もう、気遣ってくれなくて大丈夫だから!終わりに、しましょう!そうしましょう!」


新開君の反応を見たくなくて、言葉はすべるように口から溢れ出す。けど、本当に言いたい事は喉の奥にひっかかったままだ。


新開君が、好きです。
始まりは嘘でも、今は本当に貴方が好きなんです。


それを伝えてしまって、拒絶されることが怖かった。今までありがとう、最後に誤魔化すようにそう告げて、一気に走り出す。新開君が私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、気が付かない振りをした。
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