07 面影
ふと気付くとどこかのお屋敷にいた。
そこはとても古くて薄暗い部屋。
ここはどこだろう、だなんて疑問は頭になく。ただ、懐かしいと感じた。
この風景、この感覚、このにおい。知っている。
『……』
声が、聞こえた気がした。
「誰かいるの?」
そう問うと、微かにまた聞こえる声。
『…―――』
「なに?なんて言ってるの?」
自分の声が部屋に響き、誰かの声がかき消されてしまう。
どこか切なげで、でも男なのか女なのかも判断がつかないほど聞こえにくい。
『―――…』
ボリュームが上がり、だんだん近づいてくるのが分かる。それなのに、まだ何を言っているか理解できない。
何で?何で聞こえないの?どう耳を澄ましても、言葉が聞き取れない。
「聞こえないってば!!」
そもそも言葉を発しているのだろうか。その声は背後からどんどん迫ってきた。
――突然、耳元で囁かれる。
『……名前、』
「…え?」
ドクン、と跳ね上がる鼓動。
「名前!!起きろ!」
「うわぁっ!!!」
体を揺らされて飛び起きた。
事態が把握できなくてパチクリさせると、目の前にはシリウスがいた。
「あ、あれ、シリウス!?…え!?」
訳が分からないままシリウスの服を引っ張る。
「シリウス!シリウス!!私……!!」
「落ち着けって!シリウスじゃねーよ!!」
「え、だって!!シリウ、ス…あ……オリ、オン…?」
息は荒く、汗をびっしょりかいていた。
我に返ってオリオンからゆっくりと手を離す。
「…ごめん」
「……や、別に」
「夢、見てたの」
呼吸を整えながら周りを見渡すと、私はどうやら暖炉の前のソファであのまま寝ていたらしい。
掠れた声でそう漏らすと、オリオンが言う。
「どんな夢見たんだよ」
「なんか…声っぽいのが聞こえて、でも何言ってるのかわかんなくて、どんどん近付いてくる…みたいな?あれ、ていうか私こんな夢前にも見た気が…?」
オリオンが不思議そうな顔をしながら私の隣に座った。
私が落ち着くのを待ってか、しばらくしてからオリオンが言う。
「大体何でこんな場所で寝てるんだよ、もう12時すぎてるぞ」
「なんか考え事してたらあったかくなってきちゃって、さ。気付いたらずっと寝てた」
「風邪引いても知らねー…って、バカは風邪引かないっていうし大丈夫か」
「お前はいっつも一言余計なんだよ。ていうかオリオンこそ何でこんな時間にいるの?」
「眠れなくて火に当たりたくなっただけ」
「ふーん」
炎の光がオリオンの顔をオレンジ色に照らす。暖炉の温もりを感じながら炎を見つめると、オリオンも見つめていた。
心地よい静けさで私はだんだん落ち着いてきて、もう一度ソファに座り直した。
「―――なぁ、」
「何?」
「慣れた?」
「…何が?」
「いや…生活?」
「……?」
「だーかーらー、……お前ほんとは未来から来たじゃん」
どこか言いにくそうに視線を斜め下にしていた。
オリオンがここまで言ってやっと言いたいことが分かった。彼は、未来から突然過去にほっぽりだされた私を心配してくれているらしい。
リリーにジェームズにシリウスにリーマス。それからピーターやセブルスやレギュラス。
今まで仲良くしていた友達と突然別れて、すぐ受け入れられるはずなんてない。
オリオンに言われて、みんなの顔が頭の中に浮かんだ。
「寂しい、よ」
大体何で私は突然こんな世界に来たのか。理由もなく、何日経っても戻れる目処が立っていないことに気付く。
ここに来たばかりの時は第二の人生、などと思っていたが、いざしばらく経ってみんなを思い出すと胸のあたりが締め付けられるような想いになった。
こんな異例な事の解決策なんてすぐに見つからない事くらい分かっていたが、校長もダンブルドア先生もあれから何も連絡なしで少し苛立ちも感じてきた。
うつむいて膝の上に乗った握りしめている手を見つめた。ゆっくりと手を開くと、爪の赤いあとがくっきりとついていた。
怒りなのか哀しみなのか分からない感情がぐるぐると渦巻き、ぎゅうっと目をつぶる。
「まあ…あれだ、元気出せって」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。
「……ッ」
気持ちがフッと解け、涙腺が緩むのを感じた。
泣いちゃ駄目だ。泣いちゃ駄目だ。何故か意地を張ってそう思った。
「……シリウスのくせに、生意気」
「だからシリウスじゃねぇって」
顔が見られていないことをいいことにそう毒づけば、頭に乗せていた手でくしゃりとされた。
涙いっぱいの顔のまま微笑んでいるのが見られていなくても、オリオンには分かったのか。
隣で彼が少し笑った。
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兎の夜遊び