小説 | ナノ

安形と椿






 
―寝ても覚めても、




仕事の後はコーヒーと






カリカリとシャーペンのはしる音に、安形はゆっくりと意識を現実世界へと戻した。
せっかく人が寝ていたのに、と欠伸をこぼし、ぐしゃぐしゃと頭をかく。
はっきりとは思い出せないが、さすが夢、あの椿がずいぶんと素直で可愛かったような、気がする。
もう少し続きが見たかったな、と思いながら寝転がっていたソファから身を起こせば、見慣れた小さな背中が机に向かい、ひたすらにシャーペンをはしらせていた。

「おー、椿は今日も真面目だなあ、」

間延びした声で背中に声をかけると、腕の動きはぴたりと止まり、くるりと椿が振り向いた。

「…会長、おはようございます、」

少し不機嫌そうな声と、眉間に寄った皺に、安形ははて、と首を傾げる。
あの椿がここまで露骨に態度に出すとなると、何かあったのだろう。

「椿ー?」

なんかあったのか?と声をかけようとしたところで、安形はようやく自分が寝る前のことを思い出す。
ちらりと自分の机に目をやれば、今日までに目を通しておかなければいけない書類がでん、と鎮座していた。
あとは会長のチェックだけですから、と椿に渡されたのが昨日のこと。
明日にはやるからとそのまま帰宅して。
今日こそは、と生徒会室に来たのが1時間前。
その前に一眠り…している間に椿も生徒会室に来てしまったようだ。
あー、こりゃ失敗したなあ、と安形は溜息をつく。
まあでも眠いもんは仕方ねえよな、と結論づけると、安形は自分の机に向かった。
部活動の予算だの、学園祭だの、体育祭だの。部活動や学校行事に関連した書類が辞書のような厚さで積まれていた。
これ全てに目を通すだけでも気が滅入る、と安形は思うのだが、目を通すだけでいいようにしてくれているのは椿なのである。
本来会長が行うべき仕事は、全てこの有能な副会長がこなしている。
それに感謝はしているのだが、それでも安形には億劫だった。

「なー椿ー、」

「はい、」

次の定例会議の準備をしていた椿が、素直に顔をあげる。
だらだらとではあるが、一応書類に目を通しはじめたからか、椿の眉間から皺がなくなっていた。

「これ終わったらコーヒーいれてくれよ、」

「…ボクでは丹生のように美味しくいれられませんが、」

少ししゅん、としたような椿の声に、安形は思わず頬を緩める。

「俺は椿のいれるコーヒー好きだぜ、」

それを隠しもせずに椿に笑ってみせれば、椿はかあと頬を染め、もごもごと安形には聞こえない声で何か呟いていた。

「それからもうひとつ、」

そんな椿を可愛いと眺めながら、安形は人差し指をぴん、と立てた。
頬を染めたままの椿が、顔をあげる。

「…なんですか?」

安形は口を開き、しかし何も言わずに笑みを深くして頬杖をついた。

「んー、やっぱ、終わったら言うわ、」

かっかっかっ、癖のある笑い方に、椿は首を傾げる一方であったが、安形が物事をはぐらかすような態度をとることはよくあることで。
では、早く終わらせてください、と言うどこまでも真面目な椿に、安形ははいはいと適当に返し、しかし書類に目を落とした。

―終わったら、可愛い可愛い椿に、癒してもらおう。

そんなことを、考えながら。




(―寝ても覚めても、お前のことで頭がいっぱい。)
















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安形さん働いてください。
なんだか安形さんが残念な人ですみませ…。

11.04.08.






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