小説 | ナノ

藤崎と椿





 

―いつかきっと、




藤と椿と右と左






「あの、さ、」

「…なんだ、」

珍しく藤崎以外のメンバーのいないスケット団の部室は、驚くほど静かなのだなと、椿は思った。
鬼塚と笛吹はそれぞれ友人と話し込んでいるらしい。
ちょっと来いよ、と誘われるがままにこの部室に来てはや10分。
藤崎はソファの上で正座をしたままそわそわとどこか挙動不審であった。
椿は隣に座ったまま、様子のおかしなこの双子の兄に首を傾げる。

「おい藤崎、用事はなんなんだ、ボクはそろそろ生徒会室に、」

行かなくては、と言いかけたところで藤崎が待ってくれ、と叫ぶ。
椿は驚いたように目を開き、それから溜息をついてソファに座りなおした。
ちらりと藤崎のほうへ視線をやれば、なにやらぶつぶつと聞こえないほどの声で呟いている。
これはまだしばらくかかりそうだな、と椿が思うのとほぼ同時に、ようやく藤崎が口を開いた。

「あのな椿、…な、な、なま、」

「…生?」

な、な、と繰り返すばかりで先へ進まない。
生もの?と椿は再び首を傾げる。

「…な、まえ、」

「ナマエ?」

「名前、」

―名前で、呼んでくんね?

それまでのどもりは何だったのかというほど、しっかりとした藤崎の声が、ふたりしかいない部室に静かに響く。
口に出してしまえば落ち着いたのか、藤崎は真剣な顔で、椿を見つめていた。
ゆっくりと、椿の頬が朱に染まっていく。

「な、ふじさ、なにを、」

舌を縺れさせた椿は数回口を開いたり閉じたりを繰り返したあと、ふるふると首を振りながら俯いた。
藤崎はそっと椿の顔をのぞきこむ。
ぎゅっと閉じられた目元も、鮮やかに色付いていて、思わず藤崎も頬を染めた。
双子揃って何を、と突っ込んでくれる第三者のいない部室で、ゆっくりと時間が過ぎていく。

「今すぐじゃなくて、いいんだ、」

ぽつりとした藤崎の声に、椿がそっと顔をあげる。

「いつか、いつかさ、そうなれたらいいなって、」

そう思ったんだ、と笑った藤崎の頬はまだ朱く染まっていたけれど。
椿はその笑顔になぜか安堵を感じて。

「…ボクも、そう思う、」

やはり頬を染めたまま、小さく笑った。




(―いつかきっと。だからそれまでは、今のままで。)




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「いやでも椿に名前で呼ばれたら恥ずかしくて俺死んじゃう!」
「…なんなんだ君はっ!」

っていうギャグの予定でした。
ちょっとずれた。


11.04.07.






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