小説 | ナノ

南雲と涼野


学ぱろ















―意外な一面。




クラスメイト






ぺたぺた。
足を引きずるようにして歩けば、廊下にそんな間の抜けた音が響く。
便所のスリッパかと思うような上靴は踵だけがだんだん磨り減ってきていた。
まあ、もう2年も履いてるしなあ、とどうでもいいことを考えていると、目の前には目当ての教室。
まさか携帯を机に突っ込んだままだとは、と溜め息をついて俺は教室のドアを無遠慮に開けた。そんなに新しくもないドアはがらがらと煩い音をたてる。
西側に面した窓からは夕日が容赦なく差し込んでいて、思わず顔に手を翳した。眩しい。

「…南雲?」

誰もいないだろうと思った空間からいきなり声をかけられ、慌てて教室内を見渡せば。

「あ…涼野…?」

窓際の一番後ろ、ちょうど俺の席の真横であるそこに座っていたのは、クラスメイトの涼野だった。

「どうかしたのか、」

涼野は感情の読めない無表情に近い顔で、軽く首を傾げる。
まともに会話をしたこともない涼野にいきなりそう話かけられて、内心ほんのちょっとだけ驚きながら、相変わらず踵を引きずるように自分の席に近付く。

「あー、携帯忘れちまって、」

なんとなくしょざいなさげに後頭部に手をやって机の中から見慣れた黒い携帯を取り出す。
携帯を持ったままひらひらと振ってみせれば、あ、と涼野の小さな口が開いた。

「え?何?」

何かまずかったか、と振るのをやめると、涼野はいや、と首を軽く振って。

「携帯、同じだったから、」

少し、ほんの少しだけ和らいだ涼野の顔は、いつもの澄した印象とずいぶん違って見えて。

「まじで?」

今まで接点なんてひとつもないだろうと思っていた涼野を、急に近くに感じた。

涼野はいわゆる優等生で、なんでこんな普通の公立高校なんかに来たんだ、と教師ですら思うほど頭が良い、らしい。
俺は教科書読むのも苦痛だから誰が頭が良いとかにすら興味がない。
それに俺はふらふらと適当で、授業もでたりでなかったりだ。いくら隣の席でも、涼野のまともに会話をしたことはなかった。
相手にも、されないだろうと思っていた。



「涼野は?こんな時間まで教室で何やってんだよ、」

今ならもう少し会話ができそうな感じがして、自分の机の上に乗り上げてそう聞けば、涼野はああ、と手元のプリントに目を落として、眉をしかめた。

「会長に押し付けられた次の総会資料、」

「あ、そっか、涼野って生徒会だったな、」

そういえば、と覚えることすら苦手な頭で考える。
今期の生徒会長は基山とかいうやつで、いっこ上だから顔くらいしか知らないが、文武両道だのなんだので同級の奴らはもちろん、後輩からもすごい人気らしい。
クラスの女子共も格好良いだの優しいだの騒いでたような。

「涼野って副会長だっけ?」

「ああ、」

うちの学校の生徒会は生徒会長以外は任命制だ。会長だけ選挙で決めて、あとはそいつが使えそうなやつを任命していく。会長との相性が合うほうが、という配慮らしいが。
だから、2年で副会長というのも珍しいらしい。

「大変なんだな、副会長も、」

机に積まれたプリントは結構な量だ。これをひとりでやるのは大変だろう。

「会長は書類業務は全て私に任せているからな、」

溜め息をつくような涼野の声に、は?と首を傾げる。

「全部アンタがやってんの?」

普通会長がやるもんじゃねーの?と言う俺に、涼野は眉間に皺を寄せたまま一番上のプリントをぴん、と指ではじいた。

「こういった作業は嫌いだそうだ、」

「へ、へー…、」

全く知らなかった会長の話に驚くべきなのか、そんな理由でこれだけの仕事を押し付けられた涼野を慰めるべきか、と言葉につまる。
しかし涼野は全く気にした様子もなく。

「まあ…もう、慣れた、」

苦笑気味に返されて、俺もそっか、と曖昧に笑った。

涼野とまともに会話するのもはじめてなら、こんなに表情の変わる涼野を見るのもはじめてで。
夕日に照らされた色素の薄い髪の毛とか、くるくるとペンを弄ぶ細い指先とか、緩く弧を描く唇とか、穏やかな海みたいな色をした瞳とか。
かっ、と顔に熱が集まるのがわかった。
―なんだこれ。

「南雲?」

急に黙った俺に、涼野が小さく首を傾げる。さらり、と頬のあたりの髪が揺れた。

「な、なんかさ、暑くね?」

机から軽く飛び降りるように立ち上がれば、がたんっ、と妙に大きい音がした。
俺はそのまま窓に近付き、窓を開く。
ふわりと風が入ってきて涼しい、と感じたのとほぼ同時に、少し強めの風が吹いて。カーテンが風に煽られて大きく膨らんだ。

「あ…!」

そんな涼野の声に振り向けば、広がるカーテンの向こうで、涼野が風に靡く髪を押さえていて。
その横では、生徒会の資料だとかのプリントがひらひらと舞っていた。
ただのプリントなのに、涼野の後ろで舞うそれは、なぜかそのために作られたもののようにさえ感じられた。
つい、ぼんやりとそれを見ている間に風が収まり、カーテンの広がりもなくなり、涼野は髪から手を離した。
後に残ったのは、教室に散らばった。

「…っ!ワリィ!」

俺はばんっ、と窓を閉めると、慌てて教室中に散らばったプリントを拾う。
何をやってるんだ、と赤くなっているであろう顔を伏せてプリントを拾う俺の前に、涼野がひょいとしゃがみ込んだ。

「悪かったよ…、」

気まずげに呟いてとりあえず今拾ったプリントを押し付けると、涼野はそれを受け取って。

「っ、あ、ははは、」

思いきり、笑いだした。

「ちょっ、なんだよ!」

ついそう怒鳴るが、涼野は相変わらず肩を震わせて笑っている。羞恥に一段と顔が赤くなるのがわかったけれど、それ以上に、こんなに笑う涼野を見ていたくなってしまって。
涼野が自分の目尻にうっすらと浮かんだ涙を拭うまで、俺はふてくされたようにそれを眺めていた。

ひとしきり笑った涼野はすまない、と一言謝ったあと、それまでよりもさらに柔らかな表情で。

「君は、騒がしい奴だな、」

そんな失礼なことを言って、プリントを拾いあげた。俺は返す言葉もなく、黙ったままプリントを拾う。

妙にうるさい心臓には、気付かないふりをして。
















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名字呼びも萌えるな、って話。

10.06.17.
10.07.04.加筆修正






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