推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 59

「──だから今日晩御飯はポアロで食べたんだけどね」
「は? 梓ちゃんの手料理かよ羨ましいそこ変われ」
「嫉妬が醜いよ、悠宇さん」
「コナンくんが冷たい」
 時々、こうして夜にコナンくんとくだらない電話をするようになっている。どうにも工藤邸や阿笠邸にいる時に隙を見て掛けて来てくれているらしい。ビルでの一件以来気まずいかと思いきや、一応の謝罪の後そのまま疎遠になることもなく、この主人公はその程度ではへこたれずあっけらかんと会話に興じるようになった。
 メッセージから昇格し電話をするようになったきっかけは、安室さんがアイスコーヒー奢ってくれたんだという報告だ。ちなみに零さんからもその時の話は聞いているのだが、珍妙なものを見る目をされたのだと愉快そうに言っていた。
「カラスミパスタ、オムライス、ナポリタン……私はどれだけ食べられていないことか……いつか東都に引っ越したら週三で通うんだ」
「何そのフラグ。ちょっとリアルな数字で気持ち悪いんだげど」
「ガチだもの」
 コナンくんの苦笑に真顔で即答する。
「コホン、最近こっち来ないんだね」
「あー……仕事が忙しくて?」
「病院だよね。時期とかあるんだ?」
「いや、一時有給取りまくって遊んだから、今度は同僚が休む番やからな」
 事実ではある。
「意外とホワイトなんだね。総合病院ってもっと真っ黒かと思ってた」
「うちの部署のトップがそういう人やからな。まあ、無給医問題レベルになってくると流石に管轄外やから可能な範囲でってくらいやけど」
 得心したようにへえ、と言った。小学生(仮)との会話内容ではないが、今更お互い突っ込むこともなければ誤魔化すこともなくなった。不用心なのはお互い様で、つまりは親しくなったのだと思う。

「そう言えばさ、服部が反省してたよ」
「へ?」
「この前会ったんだ。それで悠宇さんの話になって……探って悪かったかなって」
「ああ、ウチに聞き込み来たことか」
「やっぱり知ってたんだ?」
「太眉色黒男子高校生の知り合いなんか一人しか心当たりないからな」
「寛大というか無頓着というか……危機管理能力大丈夫なの?」
 零さん、三井くんと来てついにはコナンくんにまで指摘されたが、得ている情報が違うのだからそう映っても仕方ないのは理解している。おかげで意義の申し立てもできぬ。いと不服なり。
「そら心当たりなかったら怖いけど。高校生探偵やろ? 悪い子じゃないんやし」
「悠宇さんってさ……時々、オレ達のことほんっと、子供扱いしてるよね」
 ぶすくれた声に笑いを堪えつつ返事をする。大人扱いされたいお年頃だよなあと微笑ましい。
「未成年を守るのは成人の義務ですから」



「昨日は土曜なのに珍しく落ち着いてて──あれ、土曜じゃないですね。平日らしく落ち着いてて、ですね。なんだっけ、そう、また相川さんが来てくださって──」
 さらに半月が経ち、梓ちゃんも侵されていると確信してしまった。
「──って、聞いてます?」
「ああ、梓ちゃんの声を聞き逃すようなことはしないよ」
 ごめん聞いてこそいるけど本当は半分くらいは頭入ってないです。その癖して口からつるっと滑り出たのはいつもの調子の口説き文句だった。これが慣れか。あな恐ろしや。自分に呆れつつ、いやに乾いた口が水分を求めるので冷蔵庫に向かった。
「ほんっと……ああもー、悠宇さんのせいですよ! 私に彼氏ができないのは!」
「ええ嘘やんまじか」
「呼吸するようにそんなことばっかり言うから、なんでも聞き流すようになっちゃったじゃないですか」
「元々やろ」
 少し早口になった梓ちゃんに照れ隠しかと納得しながら冷静に訂正する。珍しく効いたようだ。狙った時には効かないのだが、不思議なもんや。しかし呼吸するようにとはまた鋭い。
「あと安室さんも!」
「うん聞いてへんな?」
 コップに注いだ水を片手に、機会を窺う。梓ちゃんとの会話中、妙なタイミングで飲もうとすると吹き出す羽目になるのだ。
「イケメン同僚見慣れて、友達からの甘い台詞に慣れて、これじゃそんじゃそこらの男性にときめきも何もないですよ!」
「ああ……うん」
 曖昧に返して水を一口飲む。
「イケメンの甘い台詞だったらいけるんちゃう?」
「イケメンは暴力ですから、鬼に金棒ですね。無理です耐えられません死んでしまいます。もう、ボッコボコの滅多打ちです」
「……それはJK的な意味で?」
「です!」
 つまり私が殺されるじゃねえか。
 本当に、イケメンに靡く気配が微塵もないフラグクラッシャーである。その我が道を行く所がまた魅力なんやけどさ。

「おやすみ」
「おやすみなさい」
 通話を終え、汗をかいたグラスの水を一気に飲み干して深呼吸する。静寂の中で違和感を覚えた梓ちゃんの言葉がリフレインし、微かに手が震えた。三井くんに連絡しなければ。ヘッドセットも外さずトーク画面を開いたところで、不意に画面が突然切り替わる。着信の相手は零さんだ。
「……もしもし?」
 思いの外明るい声は出なくて、見られないのをいい事に顔を顰めた。
「ああ悪い、寝てたか?」
「ん、大丈夫」
「本当に?」
「……ちょっと、悪い夢を見ただけ。どうかしたん?」
 夢だったら良かった。今日の会話が、全部。沈んだ声の理由はいつもの夢に押し付けた。
「いや、少し時間ができただけだ。悪い夢は話すと正夢にならないと言うぞ」
「逆夢、ってこと?」
「ああ。話すは離す、放すに通ずるからな」
「日本らしい言葉遊びやなあ」
「それに夢は深層心理の現れだから、話すことで何か解決するかもしれないだろう?」
「……やだ」
 零さんに話したくはない。嘘を言いたくもない。理由なんて分かり切っている。
「ね、楽しい話してよー」
「抽象的だなあ」
 少し困ったような声で零さんが笑う。
「ねえねえ、零さんはどんな時幸せ? 最近だと何があった?」
「……そうだな、君の声が聞ける時かな」
「え」
「安心する」
「……私も、零さんの声、安心する」
 決戦が近いのだろうか。少し躊躇って、楔としてこの人の未練となるべく、けれど正直な言葉を紡いだ。死なない未来を知っていたら、どんなに良いか。実は傷を負わないなどと分かっていたら、どんなに平静で待っていられるか。
「だが声を聞くと顔を見たくなるし、顔を見ると会いたくなるし、会ったら抱き締めたくなるな。欲が尽きないよ」
 えっ推しがしんどい。サービス精神旺盛過ぎて意味不明。暗い思考が霧散する。
「悠宇はどうなんだ? 希望なり願望なりあるだろう?」
「私が零さんにしたいこと? そうやなあ……」
 零さんの負担にならない、私のやりたいことはなんだろう。ちらりと写真立てを見る。私はもう充分過ぎるほど幸せを貰っている。
「……おはよう、って言いたい」
「……うん?」
 意図を掴みかねる零さんに説明する。
「朝──ううん、昼でもいいなあ。その日に限ってはまだ髪の跳ねた零さんがゆっくり起きてくるんよ。そんで、一緒にごはん食べよ、って言いたい」
 しっかり休んで疲れを取って欲しい。それだけでは飽き足らず、そのぐっすり眠る姿をこの目で確かめ、眺め、手料理を提供することのできるという特例を利用して活力源を提供し、共に時間を過ごし、尊い推しの顔を見ながら食事をしたいと言っているのだ。その時間に一体いくつの願望が織り込まれているか、この人はきっと気付かない。
「もちろん今じゃないし、いつかの話やで? そういう日が一日くらいあってもいいなあっていう願望」
 潜入真っ只中の旦那に向かって無理を言った自覚はあるので、きちんと訂正を入れる。会いたいと言ってくれる零さんだって、無理は同じだ。
「……うん、いいな。それから午後には二人で出かけるんだ」
「デート?」
「そう、デート。どこがいい?」
「ショッピング、博物館、美術館……いや、植物園かな。どこでも楽しいやろうなあ。ドライブデートもいいし」
 零さんが公共交通機関を使うのは色々な意味で違和感がある。通勤ラッシュの降谷零とかバスに乗るバーボンとかちょっと面白くない? セキュリティやプライバシーも考えた上での車が正解な気がする。それが似合う。
「よし折衷案だ。少し足を伸ばして植物園に行こう」
「ショッピング……ええと、そこで種か苗を買って帰る!」
「盛り込むなあ」
「いいやん、そういう日も」
「ああ、悪くない」
「やろ? 遠出かー、ならそのまま夜のドライブして帰ることになるのか」
「そうなるだろうな」
「やったら海寄りたいな」
「海?」
「そ、夜の海好きなんよねえ。車持ってなくてあんまり機会がないから、その分余計に特別感あるんかなあ。それに母なる海というか。街の喧騒が少し遠くて静かで、月明かりが綺麗ならもう満点。やから外食して、帰りしなに夜の海」
 いつから理想のデートプランになったのだか。負担にもなり得ない完全な夢物語と納得してしまえば、簡単に陳腐なストーリーができあがる。
「……いいな。ああでも、僕は一緒に料理もしたいな」
「じゃあその日の昼は一緒にご飯を作ろう」
「何が食べたい?」
「えっお好み焼き」
 適当な和食が浮かばず、咄嗟に出たのは粉もんの国の名産物だった。途端に零さんが吹き出す。この流れでこれはミスった。
「くく、分かった。お好み焼きにしよう」
「たこ焼きの方が好きやった?」
「たこ焼きは買うものだとばかり思っていたが……そうか、そっちではみんなたこ焼き器持ってるんだったな」
「全員は持ってへんのちゃう? うちにはあるけど」
「あるじゃないか」
「あるって言ってもホットプレートの付属品の方やけど……って、そんな笑う? あー、もー、分かった。やっぱりたこ焼きで。いっそ色んな具を入れて回そう。タコパや」
 尚も零さんが声を上げて笑い続けるものだから弁明を諦め、そのままたこ焼きで話を進めてしまうことにした。そういや長らくやってへんな、タコパ。
「二人で?」
「他に誰かおる?」
 ここで突然の風見さんとかコナンくんとか出てくるんだろうか。あるいは梓ちゃんか。沖矢さんなら少年探偵団でも呼んでやってるかもしれない。博士の家でわいわいタコパする少年探偵団+α。あっめっちゃ楽しそう。
「……とか」
「え? ごめん、もっかい言って?」
 阿呆なことを考えていたせいか、私としたことが推しの呟きを聞き取れずについ聞き返してしまった。
「あー……その、子供、とか?」
「──っ」
 珍しく歯切れの悪い言葉を反芻し、数瞬の後になんとか理解する。
「……ふふ、それは、ええなあ」
 この人は真面目に、私なんかとの未来を考えてくれているのか。
「男の子がいい? 女の子がいい?」
「どっちでもいいな。いや、どっちもかな」
「二人欲しいの?」
「その方が寂しくないだろう。ああ……これだと夜の海は行けないな」
「そもそもデートじゃなくなるやん」
「そうだった」
「零さんはどこ行きたいとことかある?」
「うーん……花見、かな」
 零さんらしい選択にくすりと笑う。警察のシンボルマークである旭日章は桜の代紋とも呼ばれるのだから、本当に愛国心が強いなと感心する。花見は梅や桃の場合もあるが、今は素直に桜でいいだろう。
「お弁当作ってレジャーシート敷いてお花見?」
「うん。でも夏祭りもいいな。いや、これは浴衣姿を見たい下心だな」
「えっそっくりそのまま返すわ」
 反射で言ってから、心の声のダダ漏れっぷりが酷くなったなと顔を顰める。
「僕の浴衣? 見たいのか?」
「うん。浴衣デートも京都ならいつでも簡単に着れるし紛れられるで」
 やや意外そうな零さんにいっそのこと開き直りを決め込む。いい加減この人は自分外見を自覚するべきだ。積極的に指摘していくスタイル。
「以前似合わないと言われたんだがな」
「いやいや、それは有り得へんわ」
 イケメンは何を着ても様になる、それが世の真理だ。あれか、僻みか。僻みなのか。隣に居るの気が引けるもんな。顔がいいし頭小さいし背が高いし脚長いし細身のくせにやたらとマッチョやし声がいいし強いし物知りだし
「そうかな。でも京都か……祇園祭りとか紅葉狩りになるか」
「ええなあ。ま、その時期の京都は特に人混みがえぐいのが難点やけどな」
「いつなら空いてるんだ?」
「……冬?」
「冬に浴衣って、まるで温泉みたいじゃないか」
「そこは着物レンタルして寺巡りとかなんかあるやん。知らんけど。でも冬の露天風呂は最高やからそれはそれでいい」
 沢山の願望を二人で積み上げた。一緒にトレーニングをしてみたい、月見酒をしたい、スイーツビュッフェに行きたい。お互いの服を選んでみたいし、家でゆっくり映画やテレビをみるのもいい。別居婚の身なので、当然全て夢物語だ。だから何一つとして約束はしなかった。僕そしかいしたら妻とデートするんだとかそれなんて死亡フラグ。こんな長い死亡フラグあってたまるか。ふざけんなバッキバキにへし折ってくれるわ。
 日本大好き零さんの影響か、絵空事の内容は四季折々の年中行事揃い踏みだ。ふと零さんと共に一方向に過ぎる未来を生きたいと希っていることに気付いた。「来年」も、その次の年もと。存外、私は強欲らしい。

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