推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 58

 コナンくんと赤井さんの一件から二ヶ月以上が経ったが、その間私はひたすら仕事に打ち込んだ。零さんの出張の時、ハロは結局風見さんが対応してくれているみたいで非常に申し訳ない。
 直接の行為をどこか求める零さんを受け入れたい思いと、一方で未完結の今に万が一どころか億が一だが可能性があるのは非常に不味いという冷静な判断、それから必要以上に感情が荒ぶらないようコントロールの意味合いもあって低容量ピルを飲むようになった。そのおかげで以前よりも異常な日付を感じてしまうのは想定外の弊害だったが、それでやめてしまっては負けた気がすると服用を続けた。

 零さんや梓ちゃん、時々コナンくんとメッセージのやり取りや電話はぽつぽつと続いている。コナンくんとの会話をきっかけに、ここ一ヶ月程は稀に沖矢さんと小説や料理の話をするようにもなった。頭のいい人との含みのない会話はやはり楽しい。



 零さんが日付に違和感を覚えた三度目になる先日、遂に動揺を隠せず心配されてしまった。実は体調不良でと誤魔化せたか分からないがとにかく通話を強制終了させて一人で泣いた。結婚式の写真を見つめて、ぼろぼろとばかみたいに涙が溢れた。恐怖で身体が震え、涙はなかなか止まらなかった。唯一の救いは、零さん自身はまだその異常に気付いていないことだ。
 零さんとコナンくんが死んでしまう悪夢を見る頻度が上がり、食欲は失せ、時には味覚もなくなった。次零さんに会うまでに何とかしなければ、取り繕わねば、と無理矢理味のしないご飯と栄養剤を詰め込む日々が続いていた。
 完結までの我慢だと自分に言い聞かせつつもそれがいつなのかどれだけかかるのか分からないままでは一週間もすると耐えかね、三井くんにSOSの電話を入れた。
「会って相談したいことがあるんやけど」
「──何をした?」
「あー……原因は分からん。あれからそっちは行ってない」
「……調整するから、ちょっと待って」
「うん、ごめん」
「そこはありがとうやろ運命共同体」
「あ、ありがとう?」
 ぶつりと通話が切れる。
「運命共同体、か」
 仲間が三井くんで良かった。頭が回って、優しくて、そして慎重で、頼もしい。

 内容が内容なだけに誰かに聞かれる可能性を考慮し念を入れて、とわざわざ今週末──つまり明後日大阪に来てくれることになった。色々ほっぽって都合を付けたのが丸分かりで申し訳ないのだが、今回ばかりは心底ありがたい。
「ほんまごめん、助かる」
「最近紗知に会えてなかったからちょうどや。問題は場所だな」
「セキュリティ観点だけで言ったらうちが一番やけどそうもいかんしなあ」
「不倫疑惑は笑えねえ」
「ナシって言ってるやん」
「俺はビジホの件忘れてへんぞ。危機管理能力仕事しろ」
「しとるしー、ほんまにセキュリティ万全なんやもん。言ってみただけやん」
「どんなとこ住んでんだ」
「トリプルオートロックマンション」
「……え?」
「な、万全やろ? ともすれば筒抜けやからそういう意味でもナシなんやけど」
「嘘だろ稼ぎどうなってんの。密会した俺干されない?」
「大丈夫三井くんの首は私が守る」
「ちょっと待ってガチ権力者かよ!?」
「命じゃないからセーフセーフ」
「死ぬ以外はかすり傷みたいなのやめろ」



 三井くんに会うまでにコナンくんと赤井さんにも月日の勘違いに関する探りを入れたが、幸いにしてそれらしいことはないみたいだ。
 問題は梓ちゃんだ。しっかりしてたり抜けてたりするから、正直判別がつかない。その上休日ダイヤがという内容だったのでますますどっちつかずだ。穿ちすぎだろうか、それとも、やはりそういうことなんだろうか。

 結局は前回同様貸し会議室に収まり、三井くんチェックの後に小部屋の四人がけの机に向かい合う形で座った。荷物を空席に置いて、チェーンのコーヒーショップで直前に買ったコーヒーとキャラメルマキアートを机に置く。
「それで、相談って?」
「順を追って話すと……ええと、落ち着いて聞いてな」
「なんだよ」
「実は降谷零──が、私の結婚相手です。黙っててごめんなさい!」
 一息に言って机に頭をぶつけそうな勢いで謝ると苦笑いが聞こえ、恐る恐る顔をあげた。頬杖をついて遠い目をしている。
「……あー、うん。うん」
「気付いてた?」
「他の奴らからは無理やろけど、メタい話、うっすら。リアルだとまさかそんなことあるわけないと思ってたし、違ったらいいなとも思ってた。けど一応それを想定しての、こういう形での密会なわけやし? コナンと言い、東都じゃ盗聴はザラやけど特に聞かれちゃ不味いのはキャラやからな」
「なんかほんまごめん。思ってる以上に気を回してくれてたのに、わりと重要な情報を……」
「いや……それに今までの話の流れだと言い出しにくいやろ。というか職務的にも迂闊に言えんし」
「理解が早すぎるよ警察官」
「そのへん義理堅いよなー、進藤さんは。安室サンとの約束で俺に言えなかったんやろ。考えてみれば夫像完全にあの人だし。あー、くっそ、腹立つな」
「ええ」
「なんやねんあのイケメン、色々チートや。恋愛しとる余裕あんのか」
「いやほんまそれな」
「旦那だろ。詳細確認や、いい機会やし全部話せ」
 ばしばしと机を乱暴に叩く。
「まじ?」
「おう」
「ええと、ほんまにたまたま会って、スマホ拾ってもらった関係で連絡先交換して、協力者になりたいなーって頑張りつつ時々会ったりしてて。一年で多分関係が変わって」
 手持ち無沙汰でカップを両手で弄りつつ、事実を並べていく。
「ん? 多分?」
「あー……墓場まで持ってくつもりやってんけどこの際ぶっちゃけるけど、プロポーズされるまで付き合ってることに全く気付いてなかってん」
「は?」
 ドスの効いた声に慌てて手を振って弁明する。
「いやだってそんなことある? 普通ないやん。なんなら非常に申し訳ないことに、結婚してからもしばらく離婚前提にしてたくらいには一方通行のつもりやった」
 しばらくどころか九十巻分の「半年」程度なので本当に救いようが無いことは伏せておく。
「……気持ちは、分からんでもないけどなあ」
「やろ?」
 同意が得られてつい前のめりになって語調が強まった。
「でも敢えて言うわ、お前酷いな」
「それな」
「真顔やめろ」
「だってキャパオーバーやん、好いてもらえるとか」
 ジト目に焦り、背もたれに体重を乗せて天を仰いだ。息を吐き出し、話を戻す。
「婚約の時に所属とかを告白されて、でも細部は今の今までノータッチ。きっとこれからもノータッチ。潜入捜査官ってとこまでだけ」
「そうか」
 三井くんが目を細め、何か思案しつつコーヒーを啜る。
「他に隠してることはないか?」
「ない、と思う。そういう三井くんは?」
「……今はキッドの協力者をしてる」
「おいまじかめちゃめちゃお互い様やんか」
 カミングアウトしに来たら想像以上のカミングアウトが来た。ばりばり関わってますやん。そら梓ちゃんと仲良くしてようがあっさり受け入れられるわ。
「必要に応じて手伝ったりしてるし、代わりにイザって時はあいつの変装スキルとか借りれるわけ。米花町なんて爆心地から逃げたいんだけど、おかげで東都の警察官やめらんねえの」
「それでか……紅子ちゃんの件があるにしても、三井くんが今も向こうにおるんは妙やなとは思ってたわ」
「ふうん?」
「さっちゃんのこともあるし、わざわざ危ない所に残るかって話やん。怪我して、その後復帰する必要がない」
「……だな」
「あ、怪我の理由聞いてもいい?」
「やだ」
 笑顔の即答にぽかんとする。
「まじか。なんで?」
「悪いけど、言いたくない」
「……そか。嫌なら答えなくていいけど、誰のため?」
「進藤さんと……回り回って、安室さん?」
「よし黙秘を許可する」
「ちょろすぎんでお前」
「えっだって仕方なくない? 理由が推しやで」
 一度知ったら戻れないから、まして私は嘘が下手だから、きっとそういう類いの内容なのだろうと想像ができた。回り回ってというのは謎やけど。キッドからの工藤新一からの降谷零とかだろうか。いや、中森警部経由の警察ルートかもしれない。見当もつかんな。
「推し」
 驚きとも呆れともつかぬ顔で、その言葉を噛み締めるように繰り返す。
「うん、推しのためになんかしたくて、協力者になりたがってたんがスタートやし」
「この数年ブレなさすぎるやろ」
「ありがとう」
「……」
 塩っぱい顔で三井くんがコーヒーをまた啜る。
「で、だ。本題は?」
「突然の話題転換」
「話が進まん気がした」
「間違いない。実は……うちの人が月日の異常認識を始めた」
「なっ!?」
 三井くんが瞠目する。
「本人は気の所為やと思ってるみたいやけど……私が知ってるだけで三回」
「……なるほど?」
 相槌とは裏腹に、認めたくないと言わんがばかりに目頭を押さえた。
「零さんだけの現象なのか、みんななのかがわかんなくて。梓ちゃんの話はどっちつかずやったし。コナンくんと赤井さんにもさり気なく聞いてみたんやけど、こっちはないみたいやったから、前者かなーと」
「そうだな……うん? ちょっと待て赤井さんってなんや」
「あ、言ってなかった」
「お前な……」
「素で忘れとった」
 乾いた笑いと共に、気まずい前回の東都訪問の話を始めた。

「何やってんの、進藤さん」
 迂闊さを普通に怒られて項垂れる。
「うん……ごめんなさい……でももうしばらく東都行かないって決めとるし」
「その方が賢明だな」
「……これがきっかけやと思う?」
「現段階では、なんとも言えんな。一人か、全員に広がってるのか、どちらにせよしばらくは対処療法しかできへんやろ」
「一旦情報共有ってことで。しばらく梓ちゃん達との連絡こまめに取るようにしとくわ。確定の時点で連絡する」
「そうだな。こっちも快斗に探りを入れとく」
「多分見られてはないはずやと思うんやけど、メッセージも暗号化しといた方がいいやんな」
「そやけど、その選択肢が当然のように存在してるのが嫌だなあ」
「発信機は持ち歩いてるんやけど、盗聴器とか部屋に監視カメラはつけてないって言ってたし、そこまで疑いたくないなあ」
「発信機持たされてんの?」
 三井くんが眉根を寄せて剣呑な目付きになり、自主的にね、と軽く返す。
「なんやそれ」
「巻き込まれ事故対策?」
 へらりと笑うが、三井くんの口はへの字に曲がったままだ。
「言い方悪いけど……危険に晒されうる立場で、会えないけど束縛だけされて、当の安室さんの知らんとこでこんな状態のストレス生活で、なんで耐えられんの? なんで笑ってられんの?」
「だって推しに尽くすのが生き甲斐やし? 笑ってて欲しいって言ってくれたから、私はちゃんと笑ってられる」
 微笑みと共に返事をする。零さんがいなければ私は一体どうしていたか、全くもって想像ができない。笑って。大丈夫。あの人の言葉で今の私があるのだ。
「けどっ! 俺は安室さんちゃうんやから、俺の前では無理すんなよ」
「無理すんなはお互い様やろ? それに、三井くんのことはめっちゃ頼りにしてるんやで」
「けどお前、安室さんの為ならなんだってするやろ。どんな無茶も無理も、さ」
 否定して三井くんの憂いを払拭したいのだが、今その場しのぎの無意味な言葉は不適切だと口を噤む。ますます三井くんの顔が渋くなった。
「……死ぬなよ」
 ぼそりと三井くんが呟くように言った。
「なあ、私がそんな風に見えるん?」
「危なっかしいとは思ってる」
「阿呆、そこは見えないよって言うところや。今何巻まで来たと思ってるん? あと少し、全部終わるまで大人しく大阪で生きてたらいいんやから。それに、私があの人を置いていけると思うん?」
「……思わない、って言って欲しそうやな」
「ふふ、うん。そう。これでも、昔と違って、ちゃんと愛されてる自覚はあるんやから。唯一の妻やで。悲しませちゃうやん? 孤独が似合う人とか言われてるけどな、あの人は私にとっては神様なんよ。光の人なんよ。あの笑顔を曇らせたくないんやから、死ねへんよ。生きるって、あの日誓ったし」
「──あの日?」
 きょとんとする三井くんに、まだ誰にも言っていなかった信念を話す。
「伊達さんが亡くなった時。あの人が揺らいで、婚約で繋ぎ止めた日。零さんより先には死なへんって約束したんや」
「は、なんだ惚気かよ」
「うん。惚気」
「お前なあ……」
 深々と溜息をつかれた。
「あはは、私は大丈夫」
「大丈夫じゃなくなった時、きっと俺は傍に居てやれないんやからな」
「あだっ!」
 デコピンされた。痛い。

prev / next

[ back to top ]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -