推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 49

 言ってしまったことを真実にするべく連休中に少しは関東に住む友達に会って回ってみた。零さんにも一度会えた。それも深夜の上に電話がかかってきたりと慌ただしかったけれど、安室透ではなく零さんの顔が見れたから充分過ぎるくらい幸せな時間だった。

 ゴールデンウィークの最終日、帰る直前にポアロに寄ることにした。連絡の上で顔を出せば梓ちゃんは花のような笑顔を向けてくれたし、零さんもちょっと胡散臭さの残る表情やけど微笑んでくれた。二時前という微妙な時間で店内は比較的空いていて、いつものように一番奥のカウンター席に通された。

「半熟ケーキとホットコーヒーお願いします」
「かしこまりました」
 にこりと零さんが笑う。
「くぅっ、またしても安室さんのメニュー……!」
 うぐぐと唸っていても、カランと入口の音がすればきちんと笑顔で対応する。本当にちゃんとしてるよなあ、といつもながらその切り替えに感心した。
「いらっしゃい、コナン君」
「こんにちは!」
 コナンくんは迷いなくてくてくと歩いてきて、私の隣にちょこんと座った。その様子を零さんがぽかんと見ている。ここ数日は蘭姉ちゃんに心配かけさせたことを怒ってるポーズでも取って避けてたんかな、などと推察してみた。正解は知らん。映画を見た時からあんな風に巻き込まれたにも関わらず簡単に許すコナンくんには違和感があったので、そういうこともあるかもしれへんな、くらいには思っていただけのことだ。
「悠宇さんが見えたから、来ちゃった。この前は飛び出してごめんなさい」
 はー、可愛いかよ。
「気にせんでええよ、ニュース見たけどなんか大変そうやったし。無事解決したみたいで良かったけどな」
「うん、もう大丈夫だよ」
「そか」
「コナン君、何か飲むかい?」
 零さんがにっこりと薄っぺらい笑みを浮かべて尋ねる。安室透モード、特に接客時は大概薄っぺらいがいつも以上に薄っぺらい。紙のようにペラッペラだ。おいどうした子供に威圧して大人気ない。工藤新一換算でも高校生やぞ。一回りの年の差理解して。この数日で何があった。これはどうも、怒ってるポーズとかそういう話ではなさそうや。
「ボク、オレンジジュースがいいな!」
 この主人公、賄賂を送らせてはくれないらしい。警戒されたかなあと思いつつ、零さんににこにこと愛らしい作り笑顔ををぶつける姿を眺めた。ほんまに、どうした。

 半熟ケーキとコーヒーより先に注ぐだけのオレンジジュースが運ばれ、コナンくんが隣でオレンジジュースのストローを咥えた。
「……そんなに見つめないでよ」
「ああ、ごめんね?」
 どっかでした会話やな、と思いつつコナンくんから視線は逸らさない。
「もう、穴空いちゃうよ」
「大丈夫大丈夫」
「またコナン君に浮気ですか?」
「待って梓ちゃん、これはちゃうんやって! 勘違いや!」
 梓ちゃんの言葉に間髪入れず返事をした。
「それ完全に浮気した男の台詞だよ」
「あれれおかしいな」
 コナンくんの口癖を借りて唸ると、梓ちゃんがくすくすと笑った。
「コナン君じゃなくて、こっち見てくださいね」
 幸せに浸っていたので、零さんの言葉に不意をつかれた。
「え?」
 コトリと目の前に半熟ケーキとコーヒーが置かれた。しぼんだようなケーキにとろりとした生クリームがかかっており、その上には苺が乗っている。
「お待たせ致しました。半熟ケーキです」
「うっわ、美味しそう!」
 顔を輝かせると、零さんがドヤ顔した。おいやめろください。ほら、梓ちゃんがちょっとむくれたやん。その顔も可愛いけどな。天使は何をしても天使、それが真理。
 じゃれる二人を眺めつつ、ケーキとコーヒーに舌鼓を打つ。穏やかに見れるようになったなあ、とほのぼのしながら考えているとまたドアが来客を告げた。二人のスーツ姿の男だ。
 あ、と後から入ってきた男と私の声が重なった。
「三井刑事!」
 コナンくんが声をあげて、そういえばキッド担当とキッドキラーなんやから面識があってもなんらおかしくはないと気付いて呻いた。その上ここは警察官御用達のお店なのだ、可能性を考慮してシミュレーションしておくべきやった。
 三井くんと、無精髭を生やした四十絡みの男性は上司だろうか。二人は背後のテーブル席に付き、零さんがすぐに水とおしぼりを出した。まだ零さんのことを言えてへんっていうのに、なんて胃が痛い絵面や。忙しかったのか遅めの昼食らしく、休日なのにお勤めご苦労様です、と心の中で労った。常連らしい三井くんの上司は初来店の三井くんにカラスミパスタ勧め、二人でそれをアイスコーヒーと共に注文した。
「三井刑事、悠宇さんと知り合いなの?」
「高校の同級生だよ」
 小首を傾げてぶりっ子モードのコナンくんに三井くんがあっさりと答えた。
「そうなんだ!」
「なんだ、三井……お前のこれじゃないのか?」
 上司さん(仮)が小指を立ててにやにやと笑った。
「やめてください。違います」
 三井くんがぶすくれて返すのを見つつ、ちょっと気まずい思いになった。
「珍しいだろ、女を寄せ付けないお前が」
「本当に冗談でもやめてくださいよ。それに既婚者ですよ」
「えっ!?」
「──っと、危ない」
 梓ちゃんが悲鳴をあげたので思わず振り向いた。零さんの不自然な格好から、手を滑らせて落ちた洗いたてのコーヒーカップをキャッチしたのだと分かった。
「悠宇さん、結婚してたんだ……」
 コナンくんまでもが唖然としている。
「そんなっ……どうして教えてくれなかったの!?」
「あー、いや、なんかタイミング逃しちゃって……」
 悲痛な叫び声をあげて睨む梓ちゃんの剣幕に気圧され、頬が引き攣った。
「いつですか!?」
「えーと、その……うん」
「実は出会った頃には結婚してたとか言います!?」
「いやそれは無いけど」
 身を乗り出す梓ちゃんにたじろぎながら答えると、今度は突っ伏して嘆き始めた。
「うう……悠宇さんが……とこぞの馬の骨にもってかれた……ノーマークだった……」
「梓さん、一旦冷静になりましょうか」
 先程キャッチしたコーヒーカップを片付けつつ、苦笑いでその馬の骨が口を挟んだ。
「安室さんは気にならないの!?」
「そ、そうですね……」
 がばりと起きて詰め寄る勢いに圧倒され、困った顔をしている。やっぱ梓ちゃん最強なのでは、と現実逃避した。
「コナン君は気になるよね!」
「うん!」
 コナンくんは完全に獲物を見つけた目をしていた。半分自業自得だと言うのに、三井くんに不満を乗せた視線を送った。どうしてくれる、この雰囲気。
「ちょっと特殊だから言い出しにくかったんやろ」
 三井くんがフォローになっていないフォローをして、興味を前面に出したコナンくんが食いついた。
「特殊? どういうこと?」
「別居婚らしいからな」
 その相手が零さんだなどとは夢にも思っていないのだから、さらりと答えてしまう。こっち側の人やと思ってるもんな。名探偵相手に敢えて嘘ついたり隠す理由ないもんな。本当にどうしようもない。
「……別居婚?」
 耳馴染みのない言葉に梓ちゃんがきょとんとした。
「ええと、籍だけ入れて変わらず大阪で一人暮らししとるんよ」
「どうして……」
「必要やったから?」
「そんな、わざわざそうしたい相手ってどんな方なんですか?」
「えっ」
「それは気になりますね」
「ほらー、安室さんも気になるって!」
 零さんがにこにこと安全圏で笑っている。この裏切り者、と心の中で絶叫した。でも安室透ならそう言うのが自然だし、話を逸らす方が変だ。コナンくんがいるから尚更のこと。それは分かる。分かるけれど集中放火つらいっす。他になんかなかったんか。
「三井刑事は知ってるの?」
 ああだのううだの唸るばかりで今のある言葉を発しない私に痺れを切らしたコナンくんが矛先を三井くんへと変えた。
「……直接は知らんけど、多少話は。進藤さん、自分で話すのと俺に話されるのとどっちがいい?」
「どっちも嫌って選択肢は」
「ありません!」と声高に遮ったのは梓ちゃんだ。
「ですよね」
 何故当人を目の前にして話さなければならないのか。
「ほら、言ってしまった方が楽になりますよ」
 にこにこと追い討ちをかける零さんをどっちの味方や、と恨みを込めて思いっきり睨もうとした。が、推しなので存在が輝き過ぎて無理だった。あっしんどい顔がいい。分かってても笑顔がずるい。つい視線が泳いだ。
「ええと、多忙な……やっぱ嫌! 何かが減る!」
 正義感の強くて優しい器用貧乏さんで少しでも支えて幸せになって欲しい人なのだが、そんなことを言ってしまえば減るどころか抉れる。主に私のメンタルが。
「お前な、あの惚気はなんだったんだよ……というか、今多忙なゴリラって言おうとしただろ」
 上司さん(仮)が吹き出した。既に知られているとは言え、恐ろしくて零さんの顔は見れないし振り返れない。口は災いの元とはこういうことか。猛省した。
「そんなことないのに」とぼそぼそ否定するが、誰も聞いてなどくれない。
「ぶはは、なんだそれ。分かった。あれか、実は最近はやりの契約結婚てやつか? ドラマしてただろ」
「相川さんそれちょっと古い。言いたかっただけでしょ」
「うるせえ俺の中では最新だ」
 相川さんと呼ばれた上司さんが威張った。そのままドラマの話がしたいです、と願ったところで叶うはずもなかった。
「多忙なゴリラってどういうこと?」
「コナンくんお願いやからほんと大人しくしてて」
「話しちまえよ」
 にやにやした相川さんにまで言われ、四面楚歌となった。収集がつかない。誰か助けて。
「悠宇さん、説明を求めます!」
 両手をカウンターについた梓ちゃんへと目一杯の笑顔を向けた。
「まずはカラスミパスタ作ろっか」
「あっ!」
 なんとか渋々といった体でひとまずは従ってくれた梓ちゃんにほっとしつつ残り少ない半熟ケーキにフォークを刺したが、隣からの追求は止まなかった。
「ねえ、契約結婚は否定しないの?」
 コナンくんは絶好調ぶりっ子モードを継続中である。主人公補正なのか、猫被りと分かってても可愛いから本当にずるい。同時に確定しに来る言葉から、嘘は言ってない、という基本スタンスを理解されている気がしてゾッとした。察しが良すぎるから気の所為って言い切れない。
「おっ、なんだ俺の刑事のカンが冴え渡っちまったか?」
 そう言いながら、相川さんはしたり顔で髭を撫でた。
「いや刑事関係ないです。絶対違いますよ。……それより俺としてはここで会ったことが気になるけど。もしかしなくても通ってるやろ」
「そうだよ! 一、二年前からって梓姉ちゃんが言ってた!」
 即座に答えたのはコナンくんだ。とてとてと三井くんの方へ移動し、何か囁いている。この二人、タッグを組んで真相を暴こうとしてへんか。三井くんはポアロ通いという物語への干渉を危惧してるし、コナンくんは多分相変わらずだろう。……ただのオーバーキルやん、と諦観しつつ三井くんとコナンくんがひそひそ会話するというなかなかに違和感のある光景を目の当たりにして、振り返っていた半端な姿勢から戻った。
「もう私いらんやん……」
 溜息をついてケーキを頬張った。こんな時でも零さんのケーキは美味しい。
「はあ……ケーキが癒し……」
「ありがとうございます」
 顔がいい店員さんの嘘っぱちスマイルもそれはそれで癒しやけど。へらりと疲れ切った笑みを返して冷めてしまったコーヒーを飲んだ。大好きな零さんのコーヒーだと思うと、この場は胃が痛くとも自然と頬は緩んだ。

「悠宇さん」
 なんとか落ち着きを取り戻した店内で、ちょいちょいとコナンくんが私の袖を引いた。内緒話をするよう声をひそめている。実際、三井くんと相川さんはパスタを食べている途中だし、梓ちゃんは電話対応、零さんはレジ対応しているのだから確かにチャンスだった。
「浮気はダメだよ?」
 絶句した。
「…………なるほど。うん、そうやな。大丈夫」
 頭が痛い。
 つまりはこういうことだろうか。コナンくんの中では別居婚したものの、安室さんに恋してしまった残念な二十八歳の図が出来上がったと。うわあ、酷いなんてもんやない。脳みそお花畑かよ。かと言って変に否定するとややこしい。ああもう、お花畑仕様を想定してなんでこんなにガンガン突っ込んでくるんや。スルーしろよ。
「困ったら弁護士紹介するから、いつでも言ってね」
 たから連絡先教えて、と彼は言った。それはもしかしなくても妃英理弁護士でしょうか、とは言わなかった。
「困らへんから安心して」
「本当?」
「絶対に」
「じゃあ、ボクが悠宇さんの連絡先知りたいから教えて」
 気遣わし気な表情から一転、ケロリと笑って言った。突然の演技力なんなの。
「…………しゃーなし、やで」
 斯くして、私は主人公の連絡先を入手する。

 三時を前に込み合ってきた店内でスマホを取り出してメッセージアプリを起動し、ふと気付いてホーム画面に戻った。
「メールアドレス教えて」
「メールアドレスぅ?」
 赤いスマホのメッセージアプリの画面を開いていたコナンくんが胡乱気な声を出した。
「連絡先って言ってたやん」
 軽い口調で返しつつ、紙ナプキンに自分のものを書いた。考えてもみれば、コナンくんが送り込んだだろう沖矢昴と連絡先を交換してしまったのだから、このままだと即刻特定されてしまいかねないのだ。苗字はまだしも、アイコンが一致すればさすがにまずい。非常にまずい。ちなみに沖矢昴ならフリーのメールアドレスにするところコナンくんなので普段使っているメールアドレスとその電話番号である。不審者感を前面に出してくるのが悪い。
「そうだけど……悠宇さんそれスマホだよね」
「うん。だってアプリってなんか個人情報漏れそうで怖くない?」
「オバサンみたいなこと言うね。紙ってあたりも原始的だし」
「こら、それ以上言ったら怒んで」
「ごめんなさあい」
 口だけ謝るコナンくんが私の画面をひょいと覗き込んだ。
「アプリ入ってるんだ。そこまできたらもう一緒だよ」
「ええやん、別に」
 スマホが震えて、「置鮎」さんからのメッセージを受信した。あのニット帽、ほんとろくなことしねえな!
「……使ってるし」
「…………」
 最近仲良くなった子供と連絡先を交換するのを何故か嫌がる大人、をこれ以上続けるのは良くないな。私に彼を言いくるめるだけの技量はないし、元を辿れば間違いなく余計なことをした自分が悪いのだ。
「悠宇さん、……ボクのこと嫌い?」
「ごめんすぐ教えるからその顔やめて!」
「やったあ!」
「この悪魔め……」
 工藤有希子という女優の母と、その母が認める工藤優作の子供が可愛くないわけないのだ。きゅるんと見上げる姿は絶妙にこちらの罪悪感を擽ってくる。無茶なぶりっ子が通用するのもこの顔面偏差値あってのことではないかと疑っている。
「何か言った?」
「言ってへんよ」
 スマホ二台持ちにするべきやった、と今更後悔しても遅かった。あとは、繋がらないことを祈るのみ。しれっとプロフィール画像を削除してから、QRコードの画面に移った。
「はい」
「うわ、まじで初期設定……」
「悪い?」
 不機嫌を装ってみたが、通用しなかったらしく軽く流されてしまった。
「名前、進藤のままなんだね」
「そうやな。職場でもそのままやし」
「今はなんて苗字なの?」
「ああ、福山」
 引用元は言うまでもなく、あの人の曲の生みの親からである。声優からお借りしようにも既に使用中なのだから仕方ない。
「福山かー。その人ってさ、」
「Curiosity killed the cat」
 好奇心は猫をも殺す──詮索は程々にしろ。誰も得しないんやからな。
「……But satisfaction brought it back」
「やっぱ君は物知りやな。大人と話してるみたい」
 ほんま、こういう時にカッコつけて切り返してあたり隠す気ないよなあ。簡単に乗っかってくれちゃうんやから。少年探偵団の子達に言ったらまず聞き返されるからな。前提があまりに違う。
「あっ、でもボク子供だし……」
 今更狼狽えても遅い。質問攻めの回避がてらちょっとした意趣返しが成功して満足したし、お暇しようか。コナンくんの言葉に聞こないフリをして梓ちゃんに声をかける。
「梓ちゃーん! お会計お願い」
「えっ、まだお話聞いてないのに……」
「今度電話するわ」
「約束ですよ!」
「うん」
「もう帰るんか」
 レジに向かう私をアイスコーヒーを飲む三井くんが引き止めた。今にも事件が起こりそうなキャストが揃い踏みのとこに長居したい訳ないやろ。
「この後時間ある?」
「三井くん、仕事は?」
「そもそも休日出勤だし、もう終わり。長引いたから相川さんがメシ奢ってくれるってことで来ただけや」
「そうなんや……あー、」
「悠宇さんは大阪に帰られるそうですよ」
「──っていうことなんよ」
 零さんが私のいた席を片付けに向かいつつ、さらりと会話に割り込んできた。
「ああ、帰るってそっちか。ならまた連絡するわ」
 納得する三井くんに、ごめんな、と返した。正直話をしたかったけど、この流れは良くないので零さんの助け舟に乗った形になった。
「待ってる」
 二人感が出ない様に、さっちゃんにもよろしく、と付け加えておいた。これ以上不名誉極まりない印象を与える訳にはいかへん。

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