推しに尽くしたい話 | ナノ


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 昨日は沖矢さんと普通に小説の話で盛り上がってしまい、塩対応を心がけながらも最終的にはメッセージアプリの連絡先を交換を拒否することができなくなってしまった。幸いにして、個人情報保護を鑑みて、名前は以前から旧姓アルファベット表記なので差し支えない。そうでなければさすがに交換しない。せいぜい今や廃れてきたメールアドレスだ。それもフリーのメールアドレスを。
 なんだかんだ、主人公サイドの人間であるという固定観念が先行してしまい、あれほどの不審者っぷりにも関わらず、気付けば警戒心が薄れてしまっていたのは本当に反省点だ。それに、やっぱり物知りな人と話すのは楽しさがある。
 もちろん、極力関わらない方がいい。とりあえず沖矢さんの名前は置鮎に書き換えて登録しておいた。そしていい声には警戒しろ、と自分を叱りつけた。まあ、FBIと連絡が取れるようになったのは、いざと言う時に役立つはずやけど……いざ、とは。そんな時を私は知らない。分からない。とりあえず送られてきた次は素顔でお会いしたいですね、というメッセージには聞こえない、のスタンプを雑に返しておいた。え、年上? 沖矢昴は年下の大学院生って設定ですよね。……ということは、あの人五歳ほどサバを読んでるのか。複雑な気持ちになった。

 あの後大人しく帰宅するも、相変わらず零さんからは連絡もなく、帰ってくることもなかった。一応日付が変わるまでは、ソファに蹲って待ったみたが、案の定無駄だった。この所、肌に悪いことばかりしているな、とぼんやり考えながら眠りについたのだった。

 そうして訪れた今日の出来事を推測する。かざみんの胃痛案件が迫っているのではないか。実際、沖矢さんを派遣したあの様子だとコナンくんはほぼ妃法律事務所にいたと考えていいやろうし。となると、盗聴器を仕掛けられてかの有名なそれ公はまだ少し先のことのはず。これはネタとして他より些か鮮明に記憶しているので、いい基準になって助かっている。ごめんねかざみん。多分トラウマになっちゃうやんな。でも助けられないよ。だって警視庁を毛利先生への差し入れの名目で訪れた零さんと風見さんがすれ違い様に会話し、それを見たコナンくんが盗聴器を仕掛けるはず。その後の風見さんから得る情報は必須やし。
 あとは──そうや、零さんと梓ちゃんとの買い出しも、多分明日。あれは無人探査機はくちょうの帰還する日、つまり五月一日のことではなかったはずやし、情報源梓ちゃんとの会話からするに、今日は買い出しに行った気配はない。炎上発言と、誰がどこで見てるか分からないという盛大なフラグでしかない会話をするんやっけ。
『梓さんはいいお嫁さんになりそうですね』
 流れで映画でみた台詞を思い出した。私がいい嫁になれるかは知らないけど──、一ヶ月前の私ならいざ知らず、今の私なら、コミュニケーションの一環の会話として受け止められるだろう、多分。相当な進歩や、……と思う。
 いいお嫁さんになるからイケメンがかっさらっていくなどという予言をぬかしたくせに、自分が零さんと結婚まできちゃったなあ。どう埋め合わせをしたものか。これが終わったら、考えよう。楽しいことを。目一杯振り回されてやろう。笑って過ごせる日々のために、今を頑張らないと。

 今日の動向として推測される地点は警視庁、妃法律事務所、会員制の大型スーパーなのだが、警視庁は零さん、風見さん、さらには斎藤さんや三井くんと一体誰に見られるか分かったものではないので却下した。特に三井くんがやばい。しょっぴかれかねない。妃法律事務所は、沖矢昴が近くにいる可能性が高いので不可。コス、じゃなくて大型スーパーは……零さんに突撃して疑われる可能性を高めることになるのが関の山だ。
 解決を早めることも、コナンくんに零さんの隣で共に走ってもらうことも、どうにも困難を極めるらしい。

 優柔不断に何も決められないまま時間が経過する。眠りの小五郎は逮捕から起訴へと移り変わり、物語の順調な進展を示していた。
 沖矢さんからの、今お暇ですかというメッセージは既読スルーにしたまま数時間が経過して、遂には日が傾いた。以前聞いておいた買い出し先のスーパーに向かうかどうか、やけど。動きが定まらない。
 ソファに体を投げ出して、テーブルの上に置いたスマホをぼんやりと見つめた。ああくそ、何も出来ないのが歯痒い。今は動いちゃいけない。待つのがこんなに辛いなんて。
 ネットワークの整ってきたあちらの世界の情報を確認するべくNAS不正アクセス事件を確認した。羽場二三一というコードを、不自然なく知らせる術は相変わらず思いつかない。
 日課の筋トレと、英字新聞で海外情勢とサミット関係の捕えられ方を調べて一日が過ぎた。



『今お暇ですか?』
『進藤さん』
 悲しみの涙を流す犬のスタンプ。
 スタンプ。
 スタンプ。
 三十分置きに来る連絡に観念して、不機嫌な犬のスタンプを返すと、即座に返事が来た。
『やっと反応してくれましたね』
『あなた暇なんですか』
『GW中の学生ですから』
『出かけろよ』
『苦手なんですよ、人混み。そういう進藤さんはどうなんですか?』
『私は旅行中なので』
『今どちらにいらっしゃるんですか?』
『ちょっとした聖地巡礼ですよ』
『いいですね、写真を送ってください』
『嫌です』
 送れる適当な写真などなく、反射的に素気無く返事をした。ガンガン詮索されている。無反応やったから、またコナンくんの周りにチョロチョロしてるのではないかと思われたかもしれないが、今日はそんなことをしていない。
 あ、間違えたな。遅くとも明日には大阪の写真でも送り付けておいてもいいかもしれない。

 今日も今日とて、零さんからの連絡はなかった。明日が山場だと思うと、寝不足続きにも関わらずなかなか寝付けなかった。明日は、全力で顔色を誤魔化す化粧をしなくてはな、と布団の中で考えた。
 やっぱり、あの怪我しゃちゃうんかな。私じゃ防げないんかな。……やだ、なあ。

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