推しに尽くしたい話 | ナノ


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 日記帳は大阪に置き去りになってしまったけれど、この日が近付いていることは分かっていたから、時々読み返して復習していた。覚醒しろ私の記憶力。とは言うものの、繰り返されるニュースを眺めつつ風見さんに連絡するか迷っているうちに、すぐに零さんの映った場面は消えて、公安から圧がかかったのだろうと分かった。

 夕方、ポアロに行けば怪我をした零さんに会える。そして、五月一日には肩をざっくりと切る。コナンくんを守って、傷跡が残るほどの怪我を負うのだろう。
 その日、事件は解決する。これ以上の死人は出ない。だからこそ、介入する余地があるのではないか、と考えてしまうのは、やっぱり悪いことだろうか。
 昨晩、散々考えた。干渉というのは一体どこからを指すのだろうか、と。三井くんに境界を探る質問をできなかったのは痛手だったけれど、次に尋ねるべく自分なりの解釈を組み立てて置くことは不可欠だろうと思い直した。あの時はショックで考えることは難しかったから、と自分に言い訳した。兎にも角にも、ただ話をそのまま受け入れるだけじゃなくて、理の穴を探さなければ、零さんを助けることはできない。たとえ抜け穴などなくとも、それを探すことだけは止められない。

 梓ちゃんと仲良くなった。これは、沢山いる友達の一人という解釈になるらしい。ただ関わり合うことは干渉ではない。これは小泉紅子を協力者だと言った三井くんの状態と一致する。
 零さんと結婚した。このより深い関係性にあっても、あの結婚式からしばらく経つが、身の危険を感じたことはない。少なくとも表舞台に上がらない関係性は、干渉には相当しないらしい。──なら、この場合の表舞台とは一体なんなんやろう。漫画やアニメなら単純明快、読者や視聴者がそれに相当する。主要人物に知られないこと? いや、そもそも零さんが充分主要人物に相当する。風見さんや、あちら側の人間である齋藤さんにも知られている。だったら、主人公がキーだろうか? この可能性は否定できないけれど、既に私は「安室さん」に好意を持っていると認識されているし、それを逆手に取ったお願いもしてしまった。私みたいな人間のお願いでも、少しでも彼の中に残って、零さんが救われればいいと。それでも私は平和に生きている。夫婦であるという所まで知られてはいないのでおそらく、という言葉は付きまとうものの、つまりは、否ということを示している。
 そもそも、私は主人公とさえ会話し、名前を認識されているのだ。これらから弾き出される答えは、関わり合いを持つこと、その関係性が露見することは干渉には相当しない。
 私は一度、ポアロで「事件」に遭遇している。ただの事件ではなく、物語としての事件に。──即ち、物語の現場に居合わせることは、干渉には相当しない。これが、私が介入する余地を見出した主たる理由である。
 人の生死か、あるいは話の大筋か、あるいはその両方かにボーダーラインがあることはほぼ確実や。しかし、たとえば、黒ずくめの組織となんの関わりもない、物語に影響のない事件を未然に防いだとしよう。それは干渉なのだろうか。仮に、死ぬ主要人物を助けてかつ保護承認プログラムなどで物語から退場させたとしよう。それは干渉になるのだろうか。逆に、まだ知らない情報を主人公に漏らしたらどうなる。序盤でラスボスを漏らすなどはもちろんアウトだろうが、まだ推測段階のものを確定させる程度の情報だったとしたらどうだろう。
 かと言って、それを実行することはできへん。もう知識もないし、実行して変遷が起きたら全くもって洒落にならへん。みんなの存在ごと消えてしまう。消えた先は、一体。
 ここからは、三井くんから話を聞き出す必要がある。問題は、私が関わることを望まない彼からうまく聞き出すことができるのか、協力者を失った傷を抉ることができるのか、ってことや。

 救いはある。これは映画軸なのである。言い換えれば、原作「漫画」からは独立しているのだ。どうにかして、あの人の憂いを晴らしたい。例えば、RX−7とスケートボードで並走していたコナンくんが、最初から隣にいてくれたら。あの愛車を廃車寸前まで追い込まずに済んだら。──何より、肩の傷を負わずに済んだら、どんなにいいか。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。行くしかない。



 一応、と起床時に黒のスキニーパンツに、グレーのカットソー、デニムジャケットとボディバッグという完全に動きやすさ重視のスタイルにした上で、崩れにくい髪型もセットしたし寝不足の顔も化粧でコーティング済。ネックレスも腕時計という装備品も忘れてはいない。少し迷ったけれど、ペンギンちゃんも連れていくことにした。
 いざ、出陣や。
 コナンくんにうまく会えるかな。必要な情報を集めてもらう時間が必要やから、手短に、ただあの人は敵ではないと、分かってもらわなくてはならない。立場という柵に囚われて、素直に助けてくれ、手伝ってくれと言えないあの人のことを、本質を理解してほしい。ただ、信じてあげてほしい。
 理想は、早期に日下部さんに辿り着いてもらって、カプセルの落下地点を海へ修正することだ。後半のカーチェイスは丸ごと無くなってしまえ。──ただし何より、絶対に無茶をしないことを最優先に、疑わしい動きをしないこと。あくまで、自然に。私は何も知らない「はず」で、いない「はず」なんやから。
「ごめんな、三井くん」
 スニーカーの紐をきつく縛り、家を出た。



 そうして今日もまた、米花町に降り立った。
 できれば盗撮アプリを仕込まれる前にコナンくんに会っておきたい。それがやれるとすれば、今日以外にないのだ。時間がない、と走って毛利探偵事務所に向かい、そのすぐ手前の物陰で一旦息を整えるべく立ち止まった。ある程度落ち着き、ひょいと顔を出す。
「──あ」
「奇遇やな」
 ポアロを窓から覗き込むコナンくんに出会った。やべ、見つかった、と顔に出ている。
「入らへんの?」
 コナンくんに近付きつつ、何気ない口調を装って尋ねた。
「うん、もう用事は済んだから」
「ふうん?」
 曖昧に返事をしてみたものの、ニュースで降谷さんらしき姿を見て、帰宅ついでにポアロにいないか確認していたのだろう、と検討はついている。
「縁があったね、悠宇さん」
「そうやな。……のど、乾かへん?」
「そうだね」
「ちょっと寄ってこうかと思うんやけど、どうかな。一人じゃ淋しくって」
「いいよ」
 にこりと頷いたコナンくんと共にポアロに入り、窓際の二人席で向かい合った。
「もー、びっくりした。コナン君とも仲良かったんですねえ」
「あはは、ごめん。でも安心して、親友枠は梓ちゃんやからな」
「やだ、両想い!」
 梓ちゃんに笑顔を返しつつ、アイスコーヒーを二つ注文した。
「今日は梓姉ちゃんだけなの?」
 コナンくんが身を乗り出して梓ちゃんに可愛く尋ねた。
「夕方からは安室さんもいるよ。それがどうかした?」
「ううん、なんでもないよ。ふと気になっただけ」
 子供らしい声を出す名探偵に溜息が出そうになった。
「悠宇さん、何か言いたげですね。はっ、まさかコナン君の質問は悠宇さんの指示ですか!?」
「どうしてそうなった」
「梓姉ちゃん落ち着いて」
「私は別にあの人に会いに来たわけちゃうから!」
「なあんだ、良かった」
 けろりと梓ちゃんが笑って、すぐご用意しますね、とカウンターの中に入っていった。その後に訪れた穏やかな沈黙を、コナンくんが破った。
「……安室さんに会いに来たんじゃなかったんだ」
「ちゃうな。なんでそう思ったん?」
「走ってきたでしょ、ここまで」
 返事をせず、頬杖をついて小さく首を傾げてみせた。
「その服装とこの気温で、前髪が汗ばんでたからね。安室さんみたいな人をニュースで見かけて、心配になって急いで来たんだと思ったんだけどなあ」
「ぶっぶー、はずれ」
 にこにこしながら言うと、コナンくんは口を尖らせた。
「本当に?」
「残念やったな、……君に会いに来たって言ったら、信じてくれる?」
 きょとりとするコナンくんにさらに言葉をかけようとしたところで、アイスコーヒーが運ばれてきた。コナンくん口説いちゃだめですよ、と一言注意して梓ちゃんが業務に戻る。
「あはは、怒られちゃった」
 わざとらしく笑う私を、コナンくんが呆れたように見つめた。グラスに両手を伸ばして持ち上げ、ストローでアイスコーヒーを吸い上げた。
「……おいしい?」
「うん」
「そか」
 ことりとグラスをテーブルに戻し、カツカツと爪先で鳴らした。
「……なあ、コナンくんは──」
「なっ!!」
 言葉を紡ぐ前に、コナンくんが唖然として外を見た。ダンボールを持った何人もの警察官が、風見さんが、高木刑事が、毛利探偵事務所に向かっているのが見えた。タイムリミットだった。
「ごめん悠宇さん、また今度!」
 そう言い捨てて、血相を変えたコナンくんはポアロを飛び出していった。
「……梓ちゃん、ふられちゃったー」
「お二階さん、どうしたんでしょうねえ」
「塩対応つらい」
「コナン君に浮気するからです」
「ごめんなさい」
 分かればよろしい、と梓ちゃんが笑った。

 アイスコーヒーだけ飲んで、さっと席を立った。
「あれ、もうお帰りですか?」
「そこでコナンくんとばったり会ったから、ほんまにちょっと寄っただけなんよ。もう行かなあかんわ」
「そうだったんですね」
「あ、そうや。あの人には今日のこと内緒にしてもらってもいい?」
「あの人って、安室さんですか?」
「うん」
「いいですけど……」
「ありがと。また梓さんに会いに来たんですか、とかそろそろ呆れられそうなんよねえ」
 肩を竦め、お金をぴったり出して、店を出た。それからはまっすぐ家に帰った。

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