推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 42

 高校生探偵たちはみんな京都、清水寺のあたりにいるはず。ということは、東都に行くなら今しかない。ド平日に休めるはずもなく、行くにしても土日にはなるのだが。
 警戒していたが週末まで日付が飛ぶこともなく、これは神の思し召しとばかりに友達とのランチの後、そのままの足で新幹線に乗って東都を訪れた。こういう時、向こうの家に自分のものが一通り揃っているのは気楽だ。月一ペースの東都訪問は完全に習慣となっていた。月一というもののもう十二回を超えている気がするが、体感的には月一だし、都合よくというか給料日も適宜訪れているので金銭的にも問題ない。とは言え今日が来ることは半信半疑だったためにアポなしになったけど、多分前から一ヶ月くらい経ってるやろからそう不自然ちゃうしセーフってことにしよう、と一人で頷いた。
 米花駅で降りてポアロに向かう道中、このところサボりまくりやったな、と久しぶりに匿名掲示板を確認し、Cというただ一文字の名前をつけたSNSにログインした。通知が来ていて、どうせまたスパムやろ、と諦めつつも一応その通知欄をタップした。
「──っ!」
 それは、短いメッセージだった。送り主のIDとアイコンは初期設定らしく映るが、その名前はサンデーになっていた。
『知っています』
 名前は唯一手を加えられたことで際立ち、本当に知っているのだと分かった。メッセージと同時にフォローもされている。突然足を止めたので通行の妨げとなっていることに思い至って端に寄り、すぐさまフォローを返してダイレクトメッセージの画面を開いた。あまりの事態にどくどくと心臓が煩く、なんと送ればいいのか迷ってしまう。そうこうするうちに、フォロー通知がいったのだろう、あちらからその画面にメッセージが届いた。
『こんにちは』
『こんにちは。あなたも、ご存知なんですね』
『はい』
『他にもいるのですか?』
『少なくとも、知る限りに今この世界を知る人はいません』
 返信を悩むうちに、さらにメッセージが届いた。
『そちらはどうですか?』
『同じく、未確認です。あなたが初めてです』
 ちょっと躊躇ったが、さらに言葉を続けた。
『もしご迷惑でなければ、お会いできませんか』
『アプリなどより、情報の秘匿にはその方が良さそうですね』
 つまり返事はイエスだった。
『どちらにお住まいですか?』
『大阪ですが、今日明日は東都にいます。あなたは?』
『東都にいます』
『明日お時間ありますか?』
『作れますが、できることなら今日の方がいい』
『ご予定があるんですね』
『いえ、今日の翌日が明日とは限らないですから』
 この人の中でもこの一年の流れは異常なのかもしれない。本当に、同志や。聞きたいこと、確認したいことが山のようにある。けれど、まだどこか確信は持てなかった。ぼかした言葉ばかりで、核心をつく会話はまだしていないからか、画面の向こう側をうまく想像できないからか。
『そうですね』
『今どちらにいらっしゃいますか?』
『米花町です』
『分かりました。三十分後に米花駅に来れますか?』
『大丈夫です』
『では駅前で。また連絡します』
『お願いします』
 一体どんな人なんやろう。歳も、性別も、仕事も、なんなら人種だって分からない。迂闊だとは思ったけれど、会わないという選択肢は浮かばなかった。相手を知らないけれど、同時にこちらの個人情報は漏れていないんやし。どうにでもなるはずや、とペンギンちゃんごとスマホをきゅっと握った。
 そう言えば見てなかったわ、とメッセージが送られてきた日付をチェックする。一ヶ月前になるその日付は、スケジュール帳と照らし合わせると前回ポアロを訪れた日になっていた。これは偶然か、それとも必然か。本人に聞けばいいか、考えたところで答えは出ないし、と思考を中断した。このところ日記帳は大阪に置き去りで手元にないことを悔いつつ、他に何か気がかりなところはないかな、と会話を読み返した。
「今、か」
 今この世界を知る人、とある。今でなければ、いるのか。いたのか。これも考えても仕方ない。この二つは絶対聞こう、と決めた。

 それから踵を返してゆっくり歩いたが、待ち合わせの十分前には米花駅に辿り着いた。微妙なところやな。今連絡すると催促みたいやし。急展開にどきどきしながらスマホを握ってあたりを見回していると、ほんの数メートル先にスーツ姿の見知った顔を認めた。
「三井、くん?」
 まじか、なんてタイミングが悪い。今から見知らぬ同志に会わねばならぬというのに。隠れなきゃ、と思うより先に向こうもこちらに気付いてしまった。大丈夫、時間は十分あるんやから、それまでに別れてしまえばいい。大丈夫や、いける。
「偶然やね、三井くん」
 にこりと薄く笑って駆け寄ってきた三井くんに、こちらも笑顔を作って声をかけた。
「早かったな」
「え?」
「やっぱり、Cは進藤さんやったんやな」
「──は、え?」
 三井くんの表情が消え、そしてその内容に全く頭がついていかない。
「どうも、サンデーです」
「…………まじか」
 少し距離を詰めてきた三井くんを見上げると、声をひそめて音を発した。
「主人公は、山口──?」
「……勝平。ええと、真実は?」
「いつもひとつ」
「え、まじか、ええ?」
「つまりそういうことや」
 三井くんが緩く口角を吊り上げて、しかし眉尻を下げて少し淋しそうに笑った。
 私は、本当にひとりじゃなかったらしい。感情の波に襲われて熱い雫が頬を伝い、ぱたりと落ちた。
「……泣くなよ」
 三井くんが私の頬に触れ、指で涙を優しく拭う。それでも涙は止まらず、混乱のまま声は情けなく震えた。
「だ、だって」
「黙っててごめん。説明するから、移動しようか」
 優しい声に小さく首肯を返した。こっち、と三井くんがそっと肩を抱く。動揺が消えないまま、三井くんの誘導に従って駅を離れて歩くこと数分、涙がやっと止まって少し落ち着き、もう大丈夫やから、と距離を取って質問をぶつけた。
「これ、どこ向かってるん?」
「レンタルスペース」
「……予約したん?」
「うん、駅に向かう途中で。無理ならカラオケとかでいいかなと思ってたんやけど」
「有能過ぎて動揺が止まらない。レンタルスペースは考えもしなかった」
「どこで話すつもりやったん」
「カラオケか、場合によってはラブホ」
「おい」
 三井くんが低い声を出し、慌てて弁解をする。
「いや、ちゃうねん。女同士ならそれもアリかなと。一番確実に二人きりで話せる場所やし」
「どんな相手が分からんのに、ほんと危なっかしいなあ。俺がホテルって言ってもついて来たんちゃう?」
「あー、三井くんやったらビジホなら行ってたかも」
「おい冗談やったのに。お前なあ、警戒心足りてへんぞ」
「いや、米花町やけど三井くんやん。殺される心配ないし、時間にきせずゆっくり話せるし」
「そうやけどそうじゃない」
 はああ、と溜息をついて頭をガシガシとかいた。
「ああもう、すぐそこやから。黙って着いてこい」
「すんません……」
 無言でさらに歩くこと約十分、ビルの一角にある目的地に辿り着いた。その一階にあった自販機で三井くんは水を二つ買ってくれて、受付に進んだ。予約された部屋は白を基調としたシンプルな部屋で、机が二つ向かい合わせにくっついていて、四つの椅子とホワイトボードだけが置いてあった。入って荷物を机に置くと、三井くんがコツコツと壁を軽く叩いたり、静かに耳をすませたりと防音度合いをチェックし、さすがは現役警察官、と感心した。
「うん、問題なさそうやな」
「三井くんすごい……」
 ぽけっと立ったまま、阿呆みたいな感想を述べた。
「普通や、普通」
 笑って三井くんが椅子に座り、私もその向かいに腰を下ろした。
「どっから話そうかなあ」
「……いつからなん?」
「多分、進藤さんよりも前かな。そう言う進藤さんはいつから?」
「あー、実はあのメッセージ投稿したんって、結構遅かったんよ」
 複雑な思いで歯切れの悪い返事をした。確かにあの微妙なタイミングでのネットへの投下はそういうイメージにもなるか、とちょっと反省したが、気付かなかったんやからどうしようもない。
「一応、二年前になるんかなあ。東都環状線爆破予告あったんって覚えとる? あの頃やから、十月頭かな」
「……やっぱ、そうか」
 暗い表情で三井くんが呟いた。
「てことは三井くんも同時期か。私がそうって思いかけたんはいつなん? やっぱ同窓会の──」
「もっと前、なんだ」
「え?」
 力の篭もった予想と違った返事に、思考が止まった。
「世界の異常事態を知ってたんはもっと前から。そんで、進藤さんが『そう』なんやと確信したんは、想像通り、同窓会がきっかけ。もっと言うと、伊達さんへの手紙の時やな」
 淡々と、無表情のまま三井くんが話す。
「ごめん。悪いけど、手紙読んだ。それで確信した。伊達さんがキャラクターって確証は持ってなかったんやけど、高木とつるんでたから多分そうやろな、とは思ってた。けど大阪やし、そんなに関わることもないやろ、と思ってしばらく様子見しとった。頼れって言ったし、東都の警察官やっとるし、次またなんかアクション起こす時は連絡来ると思ったからな。その頃やな、中森警部の引き抜きで班が変わって、次年度からキッドの担当になるんが内定したんは」
「いや、無言の時間で手紙は想定の範囲内やから、いいんやけど……やっぱ、分かった上で言ってくれてたんやな」
 ショックから立ち直れはしないものの、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「知らない所で動かれるよりよっぽどいいから。けど、その次の居酒屋、覚えてるか? 斎藤に絡まれたやろ。俺が警察学校の頃はさ、あいついなかったんだよ。公安に行くやつは基本的に優秀な奴が多いから、自ずと記憶に残るのがよくあるパターンだ。けど、あいつは違う。突然現れたあいつは向こうの人間だと推測した。だが別に、それはあいつだけじゃない。勤務先が警視庁やからな、顔ぶれは随分変わったよ。所謂モブってやつも増えたみたいで、斎藤がどっちともつかなかった」
「……それで、か。嫌そうやったんは」
「ああ。情報収集兼ねて過去話に多少話は合わせることもあるが、必要以上に関わりたくないからな。とにかくあいつは進藤さんに絡んだ。俺の知らないどこかで巻き込まれてると想像して、自分が何か自覚してるのかと、思わず聞いてしまった」
「……うん」
 私が頷いたのを見て、三井くんが話を続ける。
「この時点で、進藤さんがどの程度深入りしてるか分からんかった。そもそも進藤さんにどの程度この世界知識があるかも分からへん。この頃かな、アカウント見つけたんは。主人公の動向を探りつつ、俺の知識と現状が一致してるし、またしばらく様子見にした。そうこうし悩んどるうちに、進藤さんの結婚の話が耳に入った。ちょっと相手は不安やったけど、身を固めて幸せなんやったら、向こう側とは無縁で生きていくやろう、と思った。だから、最後まで黙っとくつもりやった」
「……えーと、うん。おっけー、続けてください」
 情報を脳内で整理して続きを促した。
「先月、米花町の公園で、暗い顔をした進藤さんを見つけた。俺が声をかける前に、コナンがお前に声をかけた。会話は聞こえなかったけど初対面ではなさそうやったし、世界の異常事態に悩みつつ、向こう側に干渉している可能性に気付いた。それで、メッセージを送った」
「……なるほど、それで今に至る、と」
「うん、そうやな。向こう側の人間に関わるまでは問題ない。けど、その結果未来を捻じ曲げてはならない」
 ついと目を細めた三井くんに、ゾクリと背筋が凍った。三井くんが初めて、怖い、と思った。
「……なんで、って聞いても、いいかな」
「弾かれる。平たく言ったら、命の危機に襲われる」
「……それはまた、穏やかやない話やな」
 フィクションとしてはありがちな話で、けれど現実としては恐ろしい話や。
「やろ? だからそれだけは忠告しとかないと、と思ってな」
「……経緯は、なんとなく分かった」
「今、警視庁はサミットの準備で慌ただしい」
「──っ!」
 サミット。それが意味するのは、あの人がメインの映画だ。
「その様子やと意味が分かるんやな。メタい話、この手のイベントは事件絡みやから、関わるなと止めにきた。今回のSNSへの返事がなくても、あの場にいたのが進藤さんじゃなくても、近々連絡をとるつもりやった」
 つまりは、冒頭の爆発で死ぬ公安の方々を見殺しにしろということ。
「可能か不可能かちゃう。やろうとするなってことや」
 強い言葉で存在を否定された気がして、顔が青ざめた。落ち着け、頭を回せ、話を整理しろ。おかしいところはないのか。結果はおろか、零さんを支えたいという願いまでもが否定されてしまう。
「ま、待って。なんでそんなこと分かるん? まさか、三井くんはそんなに何回も危ない目に……」
「いや? ただ、俺には協力者がいたからな。調べてもらったよ」
 目を閉じて、首を静かに振って、薄く目を開いて宙空を見つめた。
「でも他にはいないって──……」
「今は、な」と辛そうに、吐き出した。
「まじっく快斗、って知ってるか?」
「……読んだことはないけど、キッドが主人公のやつやんね」
 話題の意図を思案しつつ、問いに答えた。
「ああ。じゃあ、それに出てくる魔女を知ってるか?」
「……いや、わかんない」
 魔女という非現実的な単語に混乱しつつ、否の返事をする。
「その魔女、小泉紅子俺の協力者だったが──あの日、消えたよ」
 目の前がチカチカする。消えた、という三文字を私は飲み込むことができなかった。舌が口蓋に張り付いたみたいに声が出てこない。

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