推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 38

 梓ちゃんとデートの約束の日になり、凝りもせず東都に足を踏み入れた。今回は零さんに連絡するまでもない。というのも、梓ちゃんはいつもの代わりにと零さんにシフトを押し付けてきたから。そうでもなければ、サービス業で容易に土日に休みなど取れるはずもない。とは言うものの流石は看板娘、ランチタイムは勤務な様で待ち合わせは土曜の三時に落ち着いた。
 新幹線でSNSから知人の近況をチェックした。青い鳥のアプリでは普段使っている方だけではなく、今日は蝶ネクタイのアイコンにCという一文字の名前をつけたアカウントでもログインをした。久しぶりだが相変わらずそれらしい通知はなく、また見られても大丈夫な様にログアウトした。進展のなさにまた重くなりかけた思考を一つの通知が断ち切った。
『本当にごめんなさい。マスターが体調崩してしまって、今日行けなくなりました』
 そっちは想像してへんかったなあ。本当に、ままならない。

 二人で行く予定だったパティスリーに一人で行き、ケーキを二つ買った。それを持ってポアロに向かった。喫茶店にケーキを持ち込むのはマナー違反かと迷ったが、あくまで差し入れであって店内で食べるわけではないからセーフや、セーフ。店の冷蔵庫で保管していただこう。
「いらっしゃ──悠宇さん!!」
「おつかれさん、梓ちゃん」
「ごめんなさい! 来てくれたんですね」
「いや、今回はしゃーないやろ。でも梓ちゃんに会いたかったからな」
「私も会いたかったです!」
 まじかここに来て突然のデレ。来てよかった……! 店内は半分ほど席が埋まっている。
「いらっしゃいませ、悠宇さん」
 天使に現を抜かす私に、零さんが薄っぺらい笑みで声をかけた。どうぞ、と案内されたのは定位置である一番奥のカウンター席──ではなく、入口に近い席だった。空席にも関わらず、手前の席ということは、あの席はあの日を思い出すのではと配慮されたらしい。その証拠に、梓ちゃんが何も言わない。
「悠宇さん、もしかしてその袋……」
「うん、さっき寄ってきた。あとで食べて」
「優しすぎます。結婚してください」
「ええな、しよっか」
 受け取って顔を輝かせる梓ちゃんに軽口を返して座った。うんうん梓ちゃんの笑顔、プライスレス。
「でもせっかくなので一緒に食べたいです。この重さ、一つじゃないですよね?」
「正解、二つ入ってるわ。ベリーとピスタチオのタルトと、モンブラン」
「どっちも私が気になってたやつじゃないですか!」
「ダメですよ」
 零さんがひょいと梓ちゃんから紙袋を取り上げた。
「安室さん大人気ない! もう、自分の分がないからって拗ねないでください」
「拗ねてません。ここは喫茶店ですよ」
「いいじゃ、ない、ですか、今日くらい」
 途切れ途切れに話しつつ、必死にケーキの入った紙袋を奪い返そうとしているのだが、如何せん体格差があるので手を上げてしまえば届かない。
「いけません。悠宇さん、ご注文は何になさいますか? おすすめは──」
「梓特製オレンジのケーキです!」
 奮闘しつつも、梓ちゃんがしっかり割り込んだ。
「じゃあオレンジのケーキとホットコーヒーをお願いします」
「、あ」
「はい私の勝ちです!」
 一瞬隙ができた零さんから紙袋が奪い返され、梓ちゃんが勝利のドヤ顔をした。大人気ないと言われ意図的に作ったものか、美女との至近距離に動揺したのか、あるいは事件の気配でも察知したんかもしれへんな。零さんのことやから、何をしながらでも窓の外まで把握してそうやし。あ、大好きなコナンくんでも通った? それとも風見さんからの連絡でもきた?
 尚もじゃれ合う二人を、同じカウンター席に座る品のいいおばあちゃんがほのぼのと眺めていた。ほんまそれな分かる。
「あはは、ケーキは二人で召し上がってください」
「えーっ!」
「そんな、お構いなく」
「やってさ。梓ちゃんが一人占めしてもええんやで」
「太らせようとしてませんか? 一緒に食べましょうよー」
「梓ちゃんこそ。私今からケーキ食べるんやで?」
「そうでした!」
 すぐご用意しますね、と紙袋を手にその場を離れた。

 梓ちゃんのケーキと零さんのコーヒーを堪能し、土日の混雑を見せるポアロをそこそこで離れた。これでいい。
 いいはずなのに、やっぱり心が痛くなった。何より嬉しくて、同時に辛かった。あれほど願った光景で、予想できたはずの光景やから、もうあの場で笑顔を崩すことなんかない。けど、でも、店を離れたらやっぱり苦しくなってしまった。店が見えないところまできて、あの日と同じ公園、同じベンチに座って走り回る子供達をぼんやりと眺めた。しばらくそうしていると、コロコロと足元にサッカーボールが転がってきた。
「ごめんなさあい、……あれ? 悠宇さん?」
「あー……、こんにちは」
 ミスった。そうやんな、そうなるやんな!
「コナン君、その人だあれー?」
 はじめまして、少年探偵団のみんな。三人の少年と二人の少女が私に注目していて非常に気まずい。
「ああ、ちょっとな。悪い、お前ら先に帰っててくれ!」
 コナンくんがボールを拾い、四人に告げた。
「えー!」
「まさかまた抜けがけですか!?」
「ずりーよ、コナン!」
「そんなんじゃねーから、気にすんな」
「あら、そんな誤魔化しがこの子達に通じると思ってるのかしら……」
「灰原まで……ったく、この人は梓姉ちゃんの友達だよ」
「そうなのー?」
「ああ、うん。こんにちは?」
「こんにちは!」
 やっべ幼女可愛い。歩美ちゃんやばい。これは将来化ける。もちろん哀ちゃんは言うまでもない。推せる。尊い。
 何とか騒がしい友人を諌め、結局は哀ちゃんに促されて主人公を残し、しぶしぶこの場を去っていった。ああもう、ほんとに、心臓に悪い。
「……それで? まさか本当におっちゃんに謝りにきたの?」
「いや、会ったのは偶然やけど……そうやな、ちょうど暇になったし。でも手土産ないわ。小五郎さんって何が好きかな?」
 この前の詫びかもと思って少年探偵団のみんなを先に帰したのか、と得心がいった。
「いらないよ、そんなの」
「そう?」
「うん。それに、ポアロに行ってたんでしょ。また戻るの?」
「……ほんとに、君って子はなんで分かるかなあ」
 頬杖をついて、溜息が出た。
「むしろそれ以外でこんな所に来る用事あるの?」
「ない」
「だよね」
「……分かりやすいね、私」
「知らなかったの?」
「知ってた」
「お姉さんが自己分析できる人で良かったよ」
「上から目線やな、名探偵」
「ネタばらしするとね、知ってたんだよ」
「なんやて」
 工藤、と咄嗟に加えなかったことは褒められていいと思った。
「昼ごはんをポアロで食べたからね。マスターの体調不良も、梓姉ちゃんが悠宇さんに会う予定だったことも、それに今日のシフトが梓姉ちゃんと安室さんだってことも、全部ね。ついでに事務所に顔出すかは五分だなと思ってたけど」
「なんという出来レース」
 頭を抱えた。名探偵じゃなくても想像できるだけの情報を入手してやがった。勝てるわけがない。
「悠宇さんってドMなの?」
「おいなんてこと言い出すんや小学生。そんな言葉どこで知った」
「て」
「テレビはナシやで」
「……」
「頬を膨らまさない! 可愛いな畜生卑怯やぞ」
「かわっ……お姉さんって意外と口悪いよね」
「喧嘩売ってるんか?」
「そう言えば、ほんとに毎月のようにこっち来てるんだね。暇なの?」
「話飛んだな!? 暇やないからな!?」
 あー、くそ。話してたらなんか元気出ちゃったわ。はー、と呆れた笑いが出た。よっ、と声を出して立ち上がる。
「コナンくんは何か食べたいものある? あ、この後は蘭ちゃんのごはんがあるか。なにか奢るよって思ったけど、晩御飯前で食べれなくなるからあかんな……いや、そもそもよく知らん大人に何かもらうって叱られちゃうやつか。やっぱ菓子折り万能説? ああ待って買って訪ねたら微妙な時間になるか」
「どっからツッコ──……」
「ん? 何? ……やっぱコナンくんに託すんって丸投げ感あるしアウトよなあ。それに物と言うかお金で解決しようとしてる感ある? 考えすぎ?」
「考えすぎだよ。いらないってば」
 主人公に貢ぎたいのに、許されないらしい。コナンくんには今後とも頑張っていただかなくてはならないのだ。賄賂失敗、と肩を竦めた。
「悠宇さんはさ、ボクに何してほしいの?」
「そうやなあ……何かあった時に、味方でいてほしいな」
 あの人の、味方であってくれればそれでいい。
「隣を走って、助けてほしい。いざって時の道標になってほしい」
「……ほんと、他人の事ばっかりだね。それに過大評価してる」
「そんなことないんやけどなあ」と笑って、歩き始めた。
「じゃあ、また、もし縁があったら」
「……縁があって、またコーヒー奢ってくれたら。お願い考えてあげる」
「ふふ、期待してる」
「またね、悠宇さん」
「バイバイ、コナンくん」



 コナンくんと逆に歩き始めてふとスマホをみると、零さんからのメッセージが届いていた。
『明日は空いてるんだったよな。今夜は暇か?』
 無理に時間を作ろうとしているのではないかと気が咎めたが、かといって嘘をつくのも妙なので正直に返事をする。
『うん、それがどうかした?』
『ここを十九時に予約したから、行ってくるといい』
 行こうじゃなくてか、と頭に疑問を浮かべながら続けて送られてきたページを開くと、それは高級エステのホームページだった。白く輝く見慣れないページに、少し気が遠くなった。
『零さん』
『URL間違ってる』
 十秒固まって、急いで返事をする。仕事に戻られたらどこに行けばいいのか分からない。というかなんでエステなんや、何のためにで調べたんや、さっぱりわからん。ベルモットか、ベルモットなのか? うわあめっちゃ似合う。
『合ってるよ。進藤で予約してある』
『まじか』
 降谷などという本名を迂闊に出さなかった安心半分、正気かという疑い半分の感想を送った。
『君はいつも頑張ってるから、たまにはいいだろう? じゃあ、僕は仕事に戻るから』
 なんか知らんけど労われてる。普通に申し訳ないけど、連絡が途切れてしまって行かないわけにはいかなくなってしまった。嬉しいけど、気が重い。こんなん、いいんかなあ。零さんの方が頑張ってるのに、どうやって労えばいいんや、と勝手にプレッシャーを感じた。

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