推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ File.2 榎本梓の証言(29.2)

「嘘やん売り切れとる!」
 関西弁の女性の声に、つい振り向いてしまった。しばらく顔を見ていない大阪に住む歳上の友達と声質が似ていたけど、こんなところにいるはずがない。
「梓さん? どうしました?」
「いえ、なんでもないです。ええと次は小麦粉ですっけ」
 いけないいけない、今はポアロの買出し中だった。最近入った整った顔立ちの歳上の後輩が小首を傾げている。有り体に言えば、イケメンという分類になる。
「そうですね」
 安室さんが止まった足を動かしてカートを押す。そういえば声の主は確認できなかったな、と友達になった日の偶然を思い出して店内を見回すが、やっぱりいない。そうよね、そんなうまい話なんかない。
「誰かお探しですか?」
「ごめんなさい。さっきの声が知り合いに似てて、つい。こんなところにいるはずないんですけど」
「それくらい構いませんよ。それで、いるはずがない、というのは?」
「大阪に住んでるんです、その人。だから関西弁に反応しちゃいました」
 なるほど、と安室さんが頷く。
「お客さんから友達に昇格したのも今日みたいな買い出しの日だったんですよ」
「お客さんだったんですか? ポアロの?」
「そうなんです。偶然曲がり角でぶつかって、買いすぎもあって袋落としちゃって。お客さんに持たせるわけにはって思ってたんですけど、友達になってください、友達だったら持ってもおかしくないでしょって。ふふ、素敵でしょう」
「それは素敵な方ですね」
 安室さんはにこにこと聞いてくれるので、つい色々話してしまうことがある。今もそう。
「だから私から連絡先聞いちゃって、今もよく連絡をとるんです。でも最近会えてなくて淋しいんですよね……」

 買い出しを終え、安室さんの車に乗せてもらって、こういう時車は便利ね、と感心する。一体この車の維持費はどこから沸いてでるのかな、と危なげない運転をする安室さんを観察していると、腕時計をチラリとみて時間を確認した。そういえば、安室さんが腕時計をしているのを見るのは初めてかもしれない。それも、どこか見覚えのあるような、ないような。



 その日はコナンくんが1人、ポアロで蘭ちゃんの帰りを待っていた。オレンジジュースは最初に少し飲んだだけで放置し、カウンターで足をぷらぷらさせながらシャーロック・ホームズを読んでいる。
「難しいの読んでるのね。面白い?」
「うん! ボク、シャーロック・ホームズ大好きなんだ」
 コナンくんはにぱりと笑うが、その推理小説は装丁からして小学1年生には少し難しそうに映る。少なくとも私が小さい頃は絶対に読まなかった。本から少し注意を外したところで腕時計に目が止まった。そういえば、コナンくんもいつも腕時計をしている。大阪に住む友人もつけていたし、流行ってるのかな。よく腕時計を触っていたのは覚えてるけど、どんなのつけてたかしら。ウェイトレスという職種のため普段身につけることがなく、そういう生活に慣れきっている。けれど、こうもみんなつけていると気付いてしまうと少しは物欲が出るというものだ。
「梓姉ちゃん?」
 しまった、まじまじと見つめすぎちゃった。
「ねえコナンくん、腕時計って、流行ってるの?」
「え? きゅ、急にどうしたの?」
 会話ついでに何の気なしに尋ねると、少し焦った様子のコナンくんに何か誤解させたかと慌てて弁明をする。
「私の友達もいつもしてるからなんとなく気になって──あ、そっか安室さんだ」
 思い出せなかった腕時計が、この前の安室さんのつけていたものと似ていることに気付き、その上先日の謎も解けてすっきりした。きっと同じブランドのものだったんだわ。どこのかな、やっぱり流行ってるってことよね。2人とも身だしなみに気を使うタイプだし。
「安室さんがどうしたの?」
 コナンくんがこてりと首を傾げた。
「ふふ、私の友達のと似たのを安室さんがつけてたなって思い出したってだけなの」
「それってどんなやつ?」
「……高級そうなやつ?」
 腕時計に詳しくない私には説明が難しく、顎に人差し指を添えて答える。本を閉じて話を掘り下げるコナンくんにいくつか特徴を返してみても、正解に辿り着く気がしない。
「そんなに気になるなら聞いておくけど……」
「ううん、大丈夫!」
「そう?──いらっしゃいませ!」
 首を傾げたところでドアが来客を告げた。

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