推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 25

 迂闊に犯罪率の異様に高い東都に近づけない日々が続く一方で、梓ちゃんとのメールは続いて、最近では時々電話をするくらいには仲良くなった。美人で可愛い友達で、おまけに原作の状況が分かる強いパイプだ。また来てくださいね、の言葉に揺られて、遂に「行くわ」と返事をしてしまった。というのも、テレビでみる水無怜奈から、それから梓ちゃんの話からまだ欠勤を繰り返すイケメンはまだポアロに来ていないことと、突然始まった甲子園から主人公が大阪に来ていることを推測したためだ。死神のいる大阪といない東都、危険度はどっちもどっちである。

「いらっしゃいませ。あっ、悠宇さん!」
 ぱあっ、と笑顔を見せる天使にテンションが爆上がりする。尊い。
「梓ちゃん、久しぶり」
「本当に来てくださったんですね。ふふ、嬉しいです。カウンターでいいですか?」
「約束したやん。もちろん」
 緩んだ顔でカウンターに向かい、カラスミパスタとアイスコーヒーを注文する。忙しなく働く梓ちゃんを眺めながら料理に舌鼓を打った。
 遅め昼ごはんを取るためにポアロに足を運んだのだが、少し早かったらしく店内は賑わっている。客層は厳つい刑事さんらしい方々や、近所に住むだろうおばあちゃん、仕事の合間と思われるサラリーマンなど様々だ。梓ちゃんはくるくるとよく動き回るが、時々注文を間違えたりするのが梓ちゃんらしい。ドジっ子可愛い。早く安室透に自然にフォローされればいい。あむあずがみたいです、というのはファン心理だ。一応、その、私の夫ではあるんやけど、それはそれで別腹というものだ。ナンパじみた客をさらりとあしらった時には、時々妙に鋭い梓ちゃんの真髄をみたような気がした。
 明日は友達に会いにそっちに行きます、と昨晩零さんに連絡を入れたが返事はない。特段変なことでもないが、元気かどうか顔くらいみたかったかな、と思ってしまった自分に強欲になったと反省した。
 パスタを食べ終えて甘いものが欲しくなったのでデザートを追加し、アイスコーヒーと一緒に持ってきてもらう頃には、の昼の波が過ぎて店内は少し閑散としていた。こういうタイミングで来る予定やったんやけどな、と大阪から最短ルートで迷うことなくポアロに来れるようになった自分を省みた。
「ふー、やっと落ち着きました」
 梓ちゃんがカウンターの向こう側で汗を拭う。
「お疲れ様。忙しいタイミングで来ちゃってごめんね」
「ぜんっぜん! むしろ折角来ていただいたのに、私こそ放ったらかしちゃいましたし」
「いやいや、働く美女見れて眼福だから」
「悠宇さんなんかチャラい」
「やだなあ梓ちゃんだからやで」
 正しくは、向こう側の人だから、ではある。どうにもキャラクターとして知ってしまった人にはなんの恥ずかしげもなく褒めちぎってしまうのだが、何も悪いことではないので開き直って随分が経つ。アイドル感覚なのは、悪いとは思っている。でも根本的なものが違うんやしな、と誰に言うでもなく弁明した。
「このあとはどうされるんですか?」
「夜には予定あるんやけど、それまでは考えてへんな」
「私、実はもうすぐあがりなんです」
 良かったら遊びませんか、と天使は宣った。



 そうして、私は梓ちゃんとショッピングをして洋服をみたり(なんと私が選んだ服を梓ちゃんが購入した)、カフェでおしゃべりしたり(梓ちゃんに恋人の影はなかった)、夕方までの数時間を共にした。
 笑顔で別れてから、深入りしちゃったなあと複雑な気持ちになりながら次なる目的地へと電車で向かう。悶々としながら駅に降りたって歩き頭を降ってマイナス思考を消し、この辺りやっけなあとスマホで待ち合わせである店の場所を再確認する。駅からも近く、迷う心配はなさそうだと細部を確認していなかったのだ。通りが一本違っただけで、すぐ側にその居酒屋はあった。今回は東都からの早め撤退を心がけて日帰り旅行ということで、開始時間は早く設定されているため、まだまだ外は明るく蒸し暑い。ガラリとドアを開けると、涼しい空気と焼鳥のいい匂いが流れてくる。
「すみません。三井で予約してると思うんですけど」
「えーと、あ、はい。先来られてますね。ご案内します」
「ありがとうございまーす」
 五分前だというのに、はやいな。仕事ギリギリやろからもっと遅くなると読んでたんやけど。案内された先にはあの一件以来連絡を取っていない三井くんと、朝倉だ。
「よお、ナイスタイミング。俺らも今来たとこや」
「良かった。なんかこっちで集まるん違和感あるわ」
「それな」
 梓ちゃんが楽しみ過ぎて明日は久々の東京一人旅、とSNSで呟いたところ釣れたのがこの二人だ。たまたま朝倉の東京出張と見事かぶり、元から三井くんとのむ予定だったらしくそこにねじ込んでくれたのだ。正直三井くんとは伊達さんの件があるから顔を見て話す機会が欲しかったが、かと言って二人でというのも体裁が悪かったので渡りに船といちにもなく了承した結果が今だ。
「ねーちゃんビール二つ。進藤は?」
「ウーロン茶で」
「なんや飲まんの?」
「今日歩き回って疲れた。今のむと回る」
「あーね。じゃそれとこの串盛り三人前で」
「かしこまりました」
 朝倉が店員にさくさく注文していく。シャツにスラックスという姿の三井くんと朝倉が並んで私の正面にいる。それが東都の居酒屋。色んな意味で違和感しかない。
「仕事おつかれさん」
「おー」
「ありがと、進藤さん」
「そんでなんでまた日帰り東京一人旅なんかしてんの?」
「ああ、友達に会ってきた」
「誰?」
「二人の知らん人」
「男?」
「女」
「なんやつまらん」
「朝倉は色恋沙汰にしか興味ないんか」
「そんなことねーし」
「はいはい。そうや三井くん、仕事大丈夫なん? 刑事さんって忙しいんちゃうん。最近のニュース見る限り」
「今日はいける日」
「らしいぞ」
「分からんけど分かった」
「どっちや」
 旧知の人と話すのは落ち着く。特にここ東都では貴重な憩いの時間だ。

「お、進藤めっちゃいい時計してるやん」
 乾杯してすぐ、朝倉に指摘される。腕時計好きなタイプやったか。誤魔化せへんやつやなあ。
「気付いちゃった?」
「ふーん、俺にはさっぱり分からん」
「三井は強度しか考えてないだろ」
「時間が分かって壊れなきゃ良い」
「お前はな。はー、病院勤めは儲かるんやなあ。こちとら公務員だもんなー」
「え、そんな高いやつ?」
「おう」
「なんで朝倉が自慢げなん。一応私のなんですけどー」
 そう言ったみたものの、あまり掘り下げられたくはなくて枝豆に手を伸ばす。
「一応って。なんや、実は彼氏に貰ったんか」
「ちゃうわ」
 即答する。彼氏ではなく夫だ。買ってくれた時は婚約者やったけど。結婚しましたとか言ったら主に朝倉が面倒臭そうなので全力で回避したい。
「パトロン?」
「は?」
 思いっきり朝倉にガンを飛ばす。零さんがパトロンとか刺されるぞ、と降谷零教の発想をする。東都だからつい発想が物騒になる。そうこれは東都のせいだ。
「怒んなって。彼氏おらんのやな」
「そういう朝倉は?」
「おるで」
「しかも可愛い。もう三年やっけ?」
「おう、先月でな」
 朝倉がデレっと表情を崩す。うまくいってるらしい。ちょっと腹立つ。
「ええやんさっさと爆発しろ。ほんで三井くんは?」
「ナチュラルにひどい」
「妹の虫除けでそれどころじゃない」
 さも当然かのように吐き出された言葉にぴしりと固まる。なんやそれ、シスコン悪化しとるやん。
「あーあ、さっちゃんかわいそー」
 朝倉は慣れっこなのだろう、呆れた様子で雑に話す。
「どこぞの馬の骨など蹴散らしてくれるわ」
「完全に悪者の台詞やぞ。それで別れさすの何回目?」
「何回だったかな、ははは」
「まじか三井くん超過激派」
 目が笑ってなくてまじで怖いんやけど。
「そいや前会った時の手紙どうなったん? ダテブラザーズやったっけ」
「ワタルな。ま、それは終わったから」
「ほー」
 そんなことよりさ、と三井くんが話題を変えた先はツインタワービルの事件だ。炎上したビルで、片方のタワーからもう片方へと車が飛んだ、という話だ。完全に天国へのカウントダウンですありがとうございます。コナンくんのハワイ万能説はやはり健在らしい。スゴーイ。
「俺もその記事読んだわ。せやけどそんなことあるかあ?」
「少なくとも俺には無理無理」
 三井くんがつくねにかじりつきながら遠い目になる。うんうん分かるよ。コナンくんのスタイリッシュアクション映画まで実現してるってことはもう完全に知ってる未来に突き進んでるもんね。
「頑張れよ警察」
「警察をなんだと思ってんの」
 軽口を叩きながらテンポよく進む会話は楽しい。トイレに立つついでにスマホをチェックすると、零さんからメールが来ていた。曰く、今夜うちにこないか。
 まじか、いいの? おいそれと一般人が足を踏み入れていいものかと疑いながらも零さんのお誘いは断るべくもなく即座に了承する。日帰り東京の予定が、延長が確定した。明日の夕方まで予定なくて良かった。
 もしかしたら日付けを跨ぐかもしれないが迎えに行く、とカフェのURLが添付されている。ここからそう遠くないあたりはやはりペンギンちゃんパワーか。ここ出たらコンビニで下着とか買わなあかんな。
「なあ、遅くまでいけることになったわ」
「帰るんやめたんや」
 三井くんがぐっと親指を立てる。無駄にいい笑顔だ。ゆとりができたので通りすがりの店員さんにみかんサワーを注文し、二人に向き直る。
「実は知り合いの家に泊まることになって」
「ええやん、これでゆっくりのめるな」
「ホテルやないんか。何時までいける?」
「何時まででも」
 零さんが日付跨ぐかもって言ってるんやからなら確実に跨ぐ。絶対にだ。指定された店が二十四時間営業だったからほぼ確定だと思っている。……やっぱ無理ってなったらどうしよう。ネカフェかな。
「嘘やん自由か。友達それでええの」
「仕事終わるん深夜っぽい」
「しゃーなしそれまで付き合ったるわ」
「朝倉上から目線」
 膨れてみたが、正直言うと滅茶苦茶有難い。東都でぼっちとか怖さしかないわ。

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