推しに尽くしたい話 | ナノ


▼ 22

 予告無く部下を送ったことについて連絡がきたのは、それから一週間ほどたった土曜の夕方のことだった。相変わらずの忙しさのようで、会えない日は当分続くらしい。原作が近づくほどに黒ずくめの組織や犯罪は活発化し、ますます多忙さを極めるだろうと推察できる。
「戸籍謄本は受け取ったが、まだしばらく連絡が難しい。何かあれば風見に言え」
「了解です」
「引越し業者に関する詳細は今日中にメールする」
「ありがとうございます」
 よっぽどのことがない限り、せんから安心して仕事に集中して。
「それと悠宇のご両親への挨拶だが」
「あっ」
「……おいまさか」
「すっかり忘れとった」
「今すぐ連絡しろ」
「すみません、うっかりしてました」
「うっかりとかいうレベルじゃないだろう」
「返す言葉もございません」
 まじか、私。自分のポンコツ具合にそこそこショック受けてるんで追い討ちかけないでください。
「本来ならきちんと伺いたいところだが厳しそうだから、せめてどこかで電話だけでもと思っていたんだがな」
「ええと電話して、報告結果連絡します」
「ああ」
「それに対するお返事は先で大丈夫なように伝えとくので、どうかお気になさらず」
「気にするだろう、普通」
 ですよね。あれ、そういえば零さんの家族は……あのリアクションから察するにおらんのやろうなあ。もし仮にいたとしても潜入捜査官やと連絡絶ってるから無理か。
「……今から電話します」
「そうしてくれ。出られるか分からないが、終わったら電話しろ」
「はいすみません!」
 強い声に体育会系のごとく力いっぱい謝って切り、すぐに母に電話をかけた。なんて言おうかろくに考える余裕もなくかけてしまい、そして数コールで繋がってしまった。
「あ、もしもし? えと、お母さん元気?」
「悠宇から電話してくるん珍しいな、うちもお父さんも元気やで。あんたはどうなん」
「良かった。私も元気なんやけど、その、報告したいことがあって。今お父さんもそこにおる?」
 おるよ、と言ってスピーカーモードに変えたのが分かった。どうした、と父の声がした。
「私、入籍を決めました」
「なんやあんた相手おったんか、連絡しなさいな。ともかく、おめでとさん。相手どんな人なん?」
 ほら惚けてないで祝いなさい、と父を軽く叩いて叱咤する声がした。
「私には勿体ない凄い人」
 なんてったって二次元クオリティですから。
「そんなベタ褒めする人珍しいなあ」
 即答した私を、母はカラカラと笑う。
「ただ遠いところで働いてて、めっっちゃ忙しい人なんよ。せやのにお父さんとお母さんに挨拶するってすごい言ってくれてんけど、日程調整もままならないから無理しないでって私から断っちゃって」
「遠いって、あんたどこ行くんや」と母の声が厳しくなる。
「私はしばらく大阪残るよ。別居婚てやつ。向こうの仕事が落ち着いたら一緒に住むかな」
「べっっきょこんん?」
 父が唸る。
「うん、やから式の予定もなし。籍いれるだけ」
「なんでそんな。はやりの授かり婚か?」
「お母さん、ちゃうから。勘違いせんといてや。ちょっと色々あって」
 言ったものの、この流れでそう思うのも普通かと思い直す。言葉を濁したが、まあええけど、とあっさり流す母が有難い。
「いつ決まったん」
「に、二月……」
「はよ連絡しなさい!」
「ごめんなさいちょっとバタバタしてて」
 母の問いに答えると怒られた。忘れてたとは言えない。
「ほんで?」
「ええと、四月に比較的会いやすくてちょっと広いとこに引越すのと、婚姻届出す予定」
「来月やないの。引越し先は決まってるんか」
「うん。それで苗字が降谷になる」
「ふるや、ね。やって谷?」
「うん、谷」
「古谷ね」
「そ、面倒やから職場では旧姓使うけど」
「その古谷さんとやらの名前は?」
 朗らかな母との会話に、低い声の父が入ってくる。
「零さん。降谷零さん」
「年は?」
「ひとつ上」
「仕事は」
「国家公務員」
「性格は」
「正義感が強くて、優しい人。あとなんでもできる」
「なんでもお?」
「運動できて、すごい頭良くて、料理できて、運転もうまい」
 胡乱げな父に、指折り数えて現時点で発覚している特技を述べる。きっと私の知らない特技も山のようにあるんやろうな。器用と言うか、なんというか。
「そらすごいな。イケメン?」
 尋問のような単調な質問に答えていたら、質問の主が母に切り替わった。
「イケメン高身長細マッチョ」
「あらそんな三拍子揃った優良物件どこで捕まえたの」
「ちょっとな。でもとにかく忙しい人やから、籍入れるけどほんまにそれだけやし、うちへの挨拶とか諸々は先で大丈夫って言っちゃったから。ごめんやけどそんな感じで」
「しゃーないなあ、ほんまに。古谷れいさんの仕事落ち着いて戻ってきたら、ちゃんと挨拶来なさいよ」
「はーい」
 引越しとか落ち着いたらゆっくり時間取って話すことを約束させられ、電話を切った。嘆息して今度は零さんに電話したが予想通りというか繋がらなかったので、メールで返信不要と添えて結果報告した。よし、完璧。リカバリー完了や。



 その一件以来連絡がつかないまま、四月になった。原作がいつ始まってもおかしくはないところまで来た。さしあたって零さんのために、宮野明美を救いたいが方法を考えなければならない。凡人の私にはみんなを救うことなんかできない。だから計画の段階で選ばなければならない。まずは零さんを。次いで楔たる私自身を。それから、彼と接点のある人を。少しでも彼が好意的に思っている人を残したいから。



「予定通り提出した」
 その日の夜、電話がきた。
「はい、ありがとうございます」
「君は今日から降谷悠宇だ」
「……はい」
 その名前は、ひどく重たい。
「僕らはこれで夫婦になった」
「はい」
 肩書きが重い。
「悪いが、苦労をかける」
「なんで謝るんですか。なにも問題はありません」
 そうでしょう? だからいい加減、私が望んでやってることだと分かってほしい。気遣いは無用。
「悠宇」
「はい」
「……そろそろ、敬語をやめないか」
「えっ」
「悠宇?」
「ぜ、善処します」
「頼んだぞ、奥さん」
 想定外言葉に何とか返事をすると、零さんが喉を鳴らして笑う。
「……がんばる」
「はは、頑張れ」
 小さく言うと、今度は声をあげて笑った。
「零さん」
「なんだ?」
 電話越しに降谷さん、っと呼ぶ大声が聞こえて、ほんまこんな日でも大変やなあと心配になる。さくっと言って、電話切っちゃえ。
「愛してる」
 零さんが何か言う前に「じゃ」と続けて通話を切った。
 今日絶対言うって決めてたけども。あー、めちゃめちゃ緊張した!



 土日は引越しに慌ただしく、それでもいくつかダンボールは残るものの生活ができる程度に片付けが一段落した。一人で作業をするのは思ったより大変だった。仕事に差し障りのない範囲で、と思いながらも月火と特別休暇を取って手続きを行う予定やけど、うまくいくかな。月曜のみに留めたかったが零さんに合わせたため本籍地が東京になったので、手続きのために戸籍抄本を取りに行かなければならない。新しい戸籍か、反映がまだなら一旦婚姻届受理証明書を、それから転出届と転入届を、それから住民票、各種証明書変更等々やることは恐ろしく多い。普通にびびった。
 月曜の午前に零さんの本拠地で書類を獲得して、最後になるかもしれないとポアロに向かう。原作が始まって、安室透がバイトを始めたら気軽に行ったりできへんやろし。ああ私の天使梓さんが見れない、ご飯食べれない。
 嘆いて虚ろに歩いていれば、曲がり角で不注意で人とぶつかった。相手が荷物を落としたのを察知して謝る。やば、買い物袋やん中身大丈夫かな。
「す、すみません」
「こちらこそ──あれ、悠宇さん?」
「え、梓さん?」
 ぶつかった相手は、スーパー帰りらしい梓さん。やっべ運命の恋始まっちゃう。ごめんなさい嘘です。袋から、業務用スーパーに行っていたことが分かった。
「買い出しですか。ええと、持ちましょうか?」
 そうですけどお客さんにそんな、と梓さんが固辞するが、両手に荷物を抱えているにも関わらず地面に袋が落ちている。いやこれ放置するとかないやろ。
「でも持ちきれない量じゃないですか。あっそや、梓さん私とお友達になってください」
「え?」
「友達なら、持ってもおかしくないでしょう?」
 返事を待たずに小麦粉の入った袋を地面から回収する。よし、破けてない。セーフ。
 きょとんとした梓さんが笑って、ありがとうございます、と花のような笑顔で言った。
「それに、ちょうどポアロに向かってたところですから」
「ふふ、ではお友達に梓特製デザートをサービスしちゃいますね」
「なにそれ最高」
「……実は特売で買いすぎちゃって困ってたんで、すごく助かります」
 きゃっきゃと話しながらポアロに向かう。
「そうだ、あとで連絡先教えてください」
 梓さんが明るく言って、今は手が塞がってて無理ですけど、と付け加える。
「えっいいんですか」
「友達、なんですよね」
 えへへと笑う梓さんはやっぱり天使だった。語彙力はない。
「あと、呼び捨てでいいですよ。敬語もいりません。悠宇さんの方が年上ですよね?」
「あー、二十八やけど」
「私二十三ですよ。ふふ、いいですね関西弁」
「なら、梓ちゃん」
「はいっ」
 にこりと笑って元気よく返事する。可愛い。
 ──零さん、今年梓ちゃんと出会うけど本当に私と結婚しちゃって良かったんかなあ。まだ出会う前やもんなあ、と思うと溜息が出そうになる。心が梓ちゃんに向かえばさくっと離婚やな、と今の零さんが知ったら少し落ち込みそうなことを考えた。

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